西の大陸
ベルゼルが嬉々として新造戦艦の話を終えた後、俺は甲板に出て潮風をその身に浴びた。
身体全体が持って行かれるような強い風が吹き荒れる。
「あれだけの嵐だったからな……まだ風が残っているか」
俺がつぶやいている隣にはいつの間にかルシルが立っていた。
「嵐の後は強い日差しが照りつけるものね」
「焼けそうだな。暑すぎるのとか俺は判らないけど」
「温度変化無効は常時発動だものね。不意の攻撃には有効かもしれないけれど、季節の風情を感じるには少し物足りないでしょうね」
「かもしれないな。感覚として暖かい涼しいとかは判るんだけどな。あまりに暑すぎたりしても身体にダメージが来ないようにスキルが保護してしまうから」
勇者系SSSランクスキルなだけに、温度変化無効は他に使える奴を俺は知らない。
だからこそこの変な感覚は俺以外には理解してもらえないのだと思う。
「どうしたんだルシル、雑談をしに来た訳でもないだろう」
俺はルシルの要件を聞き出そうと試みる。
「ゼロも感じているかもしれないけれど、そろそろ陸が近いわ」
「遠くにだが海鳥の影のようなものが見えるからな」
「そうね。私は思念伝達を無作為に広範囲で展開していて、どうやら前方にかなり多くの思念が感じられるのよ。それでゼロに教えに来たって訳。まだ相手が何を考えているかまでは判断できないけどね」
「ありがとう、それなら方向は間違っていないな。思念体なら魚の群れとかではないだろうから」
「う~」
ルシルは頬を膨らませて俺をにらんできた。
「そこまで私は間抜けじゃないよ!」
ルシルは思い切り俺のつま先を踏みつける。
「いってぇ!」
俺はわざとらしく反応してあげた。
白々しいながらも飛び跳ねて痛がる演技はルシルの溜飲を少しは下げる事ができたみたいだ。
「どうせ痛くないんでしょ?」
「まあね。ほらルシルの言ったとおりだぞ」
俺は船の進行方向に目をこらす。
その先にうっすらと陸地が見えてきた。
「あれが……西の大陸か。そう言えば辺境三王国の奴らが先兵として送られてきていたが、ここはその三国の内のどれかなのかな」
「どうかしらね。他にも辺境の国があるかもしれないし」
「俺たちは何も知らない、って事だな」
「そうね」
「ようし、陸の方からも俺たちが見えているだろう」
俺は甲板にいる他の船員に向かって話しかける。
「予定通り、準備を怠るなよ!」
俺が発破を掛けると甲板にいる男たちから威勢のいい掛け声が戻ってきた。
俺たちの計画はこうだ。
西の大陸とはまったく別の大陸からの交易に来た商人の船、それが嵐に遭ってここまで流れ着いてきたと。
「一目で拿捕した船だとは判らないようにしているつもりだが、相手の目も節穴ばかりではないだろうからな。見極められる場合も考えておかなくてはならないが、まずは計画に沿って進めてみよう」
「やってみてどうか、よね」
俺はルシルの言葉に大きくうなずいて偽装の準備を始めた。
「本物の嵐に遭遇したんだ。それだけでもかなり傷みが本物みたいに見えるだろうな」
「そうだといいけれど……ね」
「過剰な期待はしないように、とは思うがうまくいったら助かるな」
「もちろんよ……ゼロ、船着き場にいる連中の思念をつかまえる事ができたわ」
「で、どうだった?」
「そうね」
ルシルは一拍を置いて報告を続ける。
「この港は……コーム王国に属するみたいね」
「思念伝達でつかまえられるようになったのか」
「ええ」
「コーム王国は、俺たちがつかまえた王の国だな」
「そうね、今回の遠征には連れてきていないけれど、彼らの処遇も考えておかないとね」
「そうだな、この戦が終わる頃には考えがまとまっているといいのだがな」
国王を捕らえられた国。
俺たちのスキルや魔法はその国にどこまで通用するか、それもまた俺が確認したいところだった。