雨の航海に後悔
船室にいても外の雷が響いて聞こえる。
俺たちの船は今猛烈な嵐の中にいた。
日が落ちてからだろうか。怪しい黒い雲が遠くに見えたと思ったら強い風と高い波が船を襲ったのだ。
「こんなに早く天候が崩れるとはな!」
俺は吹き荒れる雨風に声をかき消されながら甲板に出て様子を探る。
「波に呑まれないよう身体にロープをくくりつけておけ!」
俺は甲板でせわしく仕事をしている連中に声をかけた。
「うわっ!」
言っている側から荷物を固定しようとしていた船員が傾いた船に滑って船縁まで流されてしまう。
そこへ大きな波が船を横から突き倒そうとする。
「手を出せ!」
俺は腰に結わえたロープを柱にくくりつけながら流された船員の方へと滑っていく。
「助けてぇっ!」
必死になって船員が手を伸ばすもののほんの少し届かなかった。
「Rランクスキル凍結の氷壁発動! 氷よ、壁を作ってかの者を支えよ!」
俺は海の上に氷の壁を築く。それに乗っかるようにして船員が滑り落ちる。
「今の内につかまれっ!」
俺はロープを船縁から落ちた船員に投げ渡す。
船員はかろうじてロープの端をつかむと、事前に作っておいたロープの結び目を頼りに登り始めた。
「結び目があればつかみやすくなるだろう。波は少し収まっている今の内に上ってこい!」
船員が必死になってロープをよじ登ろうとするが結び目を使ってもなかなか揺れるロープがいう事を聞いてくれない。
「うわっ!」
大きなうねりが船を下から押し上げる。
その勢いで船員がロープからずり落ちて下の方へと行ってしまう。
「よし、それならロープをしっかりつかまえていろ、手に巻き付けるんだ!」
「は、ひゃい……」
船員は俺に言われるがままロープを自分の腕に巻き付け始めた。
そうこうしているうちに足下の氷の板が砕け始める。
「そのままつかんでいろよ! それいっ!」
俺は手にしたロープを思いっきり引き上げると、つかまっている船員ごとロープが宙に舞う。
「っしゃぁ!」
俺の掛け声と共に船員が甲板に戻ってきた。強く尻を打ったようで痛そうにさすっていた。
「怪我は後で見よう。それよりも海に落ちた時はどうなる事かと思ったぞ」
「ありがとうございますゼンさん……いえ、陛下」
「あ、お前……!」
俺は以前に見た顔を思い出していた。そばかす顔でまだ少女の顔立ちが残る戦士。
「は、はい、ご無沙汰しております陛下。あの時はいろいろと助けていただいて」
「そうか。それで弟は無事だったかな」
「……お気遣いいただきありがとうございます。弟は……西の大陸の奴らが攻めてきた時に施設を焼かれて、そこにいたたくさんの子供たちと一緒に……」
「済まない、そうだったのか」
「いえ、陛下がお気になさる事ではありません!」
少女は必死になって否定する。
「悪いのは西の奴らです! だからあたしは復讐するためにこの船の船員に志願しました。戦士として……」
俺は少女の肩に手を置く。稲光が少女の暗く沈んだ、だが決意を持った顔を照らす。
「戦士ヒマワリ、今一度お前の剣を俺に捧げてくれ」
俺の言葉にヒマワリが真剣な面持ちで右手の握りこぶしを自分の胸に当てた。