降伏勧告受諾
イカが去ると同時に何故か雨雲が消え去っていった。
「天候を操る魔物……か。まさかな」
俺は敵の旗艦にいる貴族がわめいていた言葉を思い出す。大海を渡ってきただけあって流石に俺よりも海に詳しいのだろう。海の魔物についても初めて聞く事ばかりだ。
「ゼロ、どうしよう。もう人間たちなんかほっといて帰るか、それともけじめをつけて倒してから戻る?」
「まあそう短絡的にならずとも、もう敵には戦意はともかく戦力は皆無に等しいだろうからな」
「そうかなあ。まだ千人くらいはいそうだけど」
巨大な船の更に大きな旗艦だ。敗残兵を集めればその何倍かは乗れるかもしれない。
「だが降伏を促そうにもなあ……」
あの様子では敵の貴族からは建設的な対話はできなさそうだ。俺たちが気になるのか、それでも律儀に貴族はまだ船縁に顔を出している。
「もう一度声をかけてみよう。これで駄目なら放置して帰る」
「そうね、いつでも出発する準備はしておくね」
俺はうなずくと改めて船上の人物へと呼びかける。
「これで最後だ、降伏しろ! さもなくばこの広い海であてどもなくさまよい、いつ果てるか知らぬ地獄の航海をする事になるぞ!」
俺は声を大にして戦場の敵兵に質問する。特に顔を見せている帝国軍人とやらの貴族に向けてだ。
俺が放った言葉で、ざわめきが今までの物とは異なってきた。
「ゼロ、大丈夫かな……」
ルシルが心配しているのもうなずけるが、これは俺の思惑通りの動きかもしれない。
船縁に顔を出す貴族の親玉が俺に向かって叫んでいる。
「ふざけるな! この俺様が、トライアンフ第八帝国軍人が降伏などするものか! 我らは一兵卒に至るまで帝国にその身を捧げた者で組まれた軍である! 帝国を裏切るような破廉恥な真似などできるはずも無い! さあ誇りある帝国軍人たちよ、蒙昧な言動を吐く奴らに正義の鉄槌を下すのだ! さあ、何をしている! 矢を射かけんか!」
俺は深いため息をついて事の次第を見つめた。
「感情的に喚き立てる帝国軍人の貴族様の想いがどれだけ現場の人間たちに伝わっているか、だな」
「そうだね」
俺の言葉にルシルも同意してくれる。
事は俺の予想通りに起こった。
船上の貴族が喚き続ける。
「我ら帝国軍人の誇りにかけて、最後の一兵に至るまで……」
幾度となく耳にした言葉を放った時、船上の貴族がうめき声を上げた。
「うわっ、何をする! お前たち帝国軍人として恥ずかしいと……うわっ!」
わめき散らしていた貴族の姿が見え隠れしたかと想うと、別の男たちが船縁に集まる。
「我らを統率する指揮官である、受け取られよ!」
男たちの中の一人が声高に宣言すると、俺たちの小舟に向かって大きな塊を投げてよこした。
それは今までかたくなに降伏を拒否していた帝国軍人を名乗る貴族の首だった。
「我々は降伏する! 勝手な誇りとやらを叫ぶ貴族は討ち果たした。我々は誇りのために死ぬ事よりも今を生きる事を選んだ! だから我らとその同胞の救助を頼みたい! 波間に浮かぶ仲間を一人でも多く助けたい。生命の保護を願う!」
ルシルが船上の男の言葉を聞いて俺の顔色をうかがう。
「あんなことを言っているけど、どうするゼロ?」
「どうするもこうするも、降伏を呼びかけたのは俺だ。受け入れるしかないさ」
俺は武器を納め、敵兵の降伏を受け入れた。