帝国軍人の誇り
今まで一方的に船を破壊していた巨大イカがついにダメージを受けた訳だ。切り落とされた触手が波間に浮かんでいて、船団を襲っていた触手も海中に沈んでいく。
「流石に二本も切られてしまえば一旦退かざるを得ないだろう」
「ゼロ、それだといいんだけど」
海中に沈み込む触手が行き掛けの駄賃にと巨大船に巻き付いたまま沈む。
「あれではどうしようもないな」
セシリアのつぶやきは他人事ではあるものの恐怖と緊張をはらんだものだった。
「海に引きずり込まれてしまえば陸上の生物には勝ち目が無いか。ただ、この出来事は俺たちにとっては追い風になるかもしれない」
「かなり敵戦力を削ってくれたからね」
「誰彼構わずだったがな。イカが退いてくれると言うのであれば構わん、残りの敵船を沈めに行くぞ」
辺りは船の残骸が無数に散らばり、かろうじて生き残っていた連中が浮かぶ板にしがみついていたりしているが、それも力尽きて沈んでいく。
その中で最後まで残っていたのはひときわ大きな船だった。
「他の船よりも倍は大きいな」
「生存者が集まってきているみたいね」
「それでも乗り切れない奴も出てきているだろうし、乗船人数を大幅に超えているだろうからな。きっと水や食料も足りなくなるだろう」
「どうする?」
「この状態になってしまえば攻撃をかけてくる事も無いだろう。声が届くくらいに寄せてもらえるか?」
ルシルはうなずくと船をゆっくりと進めた。
「あちこちに死体が浮かんでいるな。酷い有様だ」
セシリアは船の脇を通り過ぎていく敵兵の死体に情けをかけているのだろうか。戦いに敗れて見知らぬ海に没していく名も無き兵士たちを。
「勇者ゼロ、俺たちの対応が間違っていたら、こうなっていたのは俺たちの方だったかもしれないのだな」
「そうだな、その可能性は低くなかっただろうが。さてと……」
俺は敵の旗艦だろうか、特別に巨大な船の近くに行った所で混乱している敵兵へ声をかけた。
「西の大陸より我らの土地へ攻め入った者共に告げる! これ以上の戦闘は無意味と思い降伏を勧めに来た! 兵を束ねる者はいるかっ!」
ほとんどの者は船によじ登るか這い上がろうとする連中を助けようとしている状態で、俺の話を聞く余裕は無いだろう。
だが、その中でも一人、戦闘で薄汚れてしまっているが貴族のような華美な装飾の付いた服を着た男が船縁に顔を出した。
「貴様か! 我々の船を襲い一刀のもとに断ち割ったかと思えば海の魔物クラーケンを差し向け、船団を壊滅に追いやった者はっ!」
貴族のような格好をした男はざわめく兵たちの中からでもよく通る声で叫んだ。
「我はトライアンフ第八帝国貴族にして上級軍指令であるぞ! 帝国軍人の誇りにかけて、最後の一兵に至るまで敵に頭を垂れたりはせぬわっ!」
「まあそういきり立つな。兵の命を救う事も軍を率いる者の役目ではないか。それにあの巨大イカはなあ、別に俺たちの……」
「ええい、敵と言葉など交わせば口が腐るわっ! 我は覚悟などとうにできておる、それに我が部下に弱卒無し! 命を賭してお前らを滅ぼし、再上陸再侵攻をしてみせるわっ!」
どうやらこの貴族軍人は聞く耳を持ってくれないらしい。
「さてとどうしたものかな……」