ゲソ
空の雨雲に届きそうなくらいに長い触手が俺たちの船に向かってくる。
「海神の奔流で捕まらないようにするね!」
「頼んだ! 俺も凍結の氷壁で船底を外側から固められるようにする」
「うん!」
「セシリアは触手が巻き付いてくるようならそれを切り落としてくれ!」
「根元の方は難しいと思うが、先端が巻き付いてきたら対処するさ」
「任せるぞ」
俺は凍結の氷壁を重ね掛けして船を滑りやすく、そして固くなるように補強する。
ある程度重さが加わるがルシルの海神の奔流であればそれ程速度低下にはならない。
「よしルシル、行ってくれ!」
「了解っ! 放てっ、海神の奔流っ!」
ルシルの両手から水流が噴き出し、それを推力として船が一気に前へ進む。
勢いがありすぎて波の上を跳びはねる事にもなるのだが、そこは俺が氷を使って補強する事でどうにか耐えられるようにしている。
「凍結の氷壁で少しは固くもなるが、それでもあの巨大船を締め上げてひねり潰すくらいの力だ、この小舟程度ではすぐに破壊されてしまうがな」
俺は向かってくる触手をにらみながら剣を構えた。
「勇者ゼロ! 上からも、二本目だ!」
セシリアの声に反応して上を見ると、一本目の影に隠れるようにしてもう一本の触手が俺たちを狙っていた。
この二本目の触手は上から船を叩き潰すように落ちてくる。まるで大木が倒れてくるかのように。
「締め上げようとしてくる一本目に切り込みを入れる。上からの二本目はその後に対処するぞ」
「間に合うの、ゼロ!?」
「間に合わせるさ……Sランクスキル発動、剣撃波っ!」
俺は前方から向かってくる一本目の触手に剣撃波を放つ。直撃すれば巨大船すら真っ二つにする威力がある。イカの触手と言えどもそうそう耐えられるようではないはずだ。
「何っ、滑る……だと!」
剣撃波の衝撃波が触手の表面で方向を変えて海面をえぐる。
「威力は衰えないまま弾き返すとは。表面のヌルヌルか……それならこれでどうだ、Sランクスキル風炎陣の舞、舞い上がる業火でその身を焼き尽くせっ!」
俺は右手に剣を構えたまま左手で風炎陣の舞を発動させた。
爆炎が渦を巻いて触手にまとわりつく。表面を焦がす匂いが辺りに広がる。
「勇者ゼロ、ヌルヌルが無くなっているぞ!」
セシリアが触手の様子を伝えてくれた。
焼け焦げた触手が痛みを訴えているのか、海面から出ている部分が激しくのたうち回る。
だが別の生き物のように二本目はそのまま振り下ろされてくる。
「ルシル、右旋回だ!」
「捕まってて!」
ルシルは左手から放出する水流は船の後方に、右手の水流は角度を付けて船の左側に放出する。横向きの推力が発生するため船が大きく右に方向を変える。
それを転覆しないよう俺は氷の板を羽代わりにして船を支えた。
「間に合ったか!?」
振り下ろされる二本目の触手が虚しく海面を叩く。
激しい勢いに高波が発生して俺たちに降り注ぐが触手の直撃に比べればどうという事も無い。
「それならばこいつも! 風炎陣の舞っ!」
俺は叩き付けられた二本目の触手にも風炎陣の舞をぶつける。
香ばしい匂いが辺りに充満した。
「これだけ表面が焼ければ……Sランクスキル発動、剣撃波っ! 食らえ衝撃波っ!」
次に切り出した剣撃波は海面すれすれの位置を横に突き進み、焼けて抵抗力の下がった触手を二本とも斬り飛ばす。
「やった、ゼロ!」
「凄いぞ婿殿!」
切り落とされた触手が海面に浮かぶ。
「この足……少し美味そうだな」