魔の海域
俺たちは海上で小休止を取り次の攻撃の準備を行う。
日はかなり高くなっていてジリジリと日差しが俺たちを照りつける。
「凍結の氷壁のお陰で少し涼しいが、海面からの照り返しもきつくなりそうだな」
「ねぇ聞いたんだけど、凄く晴れている日に急な雨雲が来る事を海神の怒りって言うらしいよ」
ルシルが支度をしながら話しかけてきてそれにセシリアも乗っかってきた。
「ルシルちゃん、それ俺も聞いたよ。海神の遣いの竜が行き交う船を襲うんだとか言うやつだろ?」
「副ギルド長さんも知っていたんだ?」
「その副ギルド長ってのはやめて欲しいなあ。今では城塞都市ガレイの商人ギルドだけじゃあなくってレイヌール勇王国の警備隊長でもあるのだから」
「判ったわ、モンデール伯爵家のご令嬢なのに男勝りで自分の事を俺って言う副ギルド長さん」
「ぬむむ……」
セシリアは俺の腕を取って自分の胸に当てる。
「なあ婿殿、俺はこのままで構わないよな? ずっと町を守るために男の格好をして過ごしていたんだ。今更深窓の令嬢になってドレスをヒラヒラさせるような振る舞いは似合わないだろう?」
そうは言いながらもかなり女性的な身体を俺に押しつけてきた。
「ま、まあセシリアはセシリアだからな、自分のやりたいようにすればいいと思うぞ、うん」
俺はどうにか言葉を絞り出す。顔が熱くなっている気がするから、きっと赤くなっているのだろうと思うが。
「ちょっとゼロ! 今は戦闘中でしょ、こんな筋肉女とイチャイチャしてないで次の戦いの準備を……」
そこまで言ってルシルは言葉を飲み込む。
今まで眩しすぎるくらいの日差しがいきなり暗くなったからだ。
「この雲……かなり厚いぞ」
いつの間にか黒い雨雲がこの海域を覆っていた。
「馬鹿なっ、雲が流れてくる気配など無かったのに!」
セシリアが俺から離れつつ上空を見上げて身構える。
「スキルか魔術か、何の影響かは判らないが実際に雨雲が発生しているんだ。臨戦態勢を整えよう」
「うん!」
「判った!」
それまで穏やかだった波も激しくなっていき、俺たちの乗る小舟も大きく揺れていた。
「ゼロ見て!」
ルシルの指し示す先は敵の船団。俺たちが沈めた四隻の残骸は波間に消えていたが、残っている船もまだあるのだが。
「何だあれは……」
セシリアが息を呑む。
それも不思議ではない。敵の巨大な船に何かが絡みついている。船を締め付けるくらいの巨大で太い動く柱のような長い物体が。
「あれは……海竜? だが何本も出てきたぞ……」
敵船団から離れた位置にいる俺たちにも、敵兵の叫び声が聞こえる。
「勇者ゼロ、あれって……」
「あれは海竜ではないな。俺も見るのは初めてだが、きっとイカとかいう奴だろう」
「イカ!? あんなに大きな、だって船に巻き付いて……ほら!」
セシリアが言うようにイカだとしても大きすぎる。だがそのうごめく触手は白くヌメヌメと光り自由自在に動き巻き付く。
その触手に絡め取られた巨大船が握りつぶされるようにして船の中心からへし折れる。
「なんて力だ……」
俺たちはただ敵船団が破壊される姿を見ているだけだった。