スキルを発動させて高速船のできあがり
目が覚めて天幕の中からでも周りが明るい事に気が付く。
「夜が明けたか」
俺が簡易ベッドから起き上がった時にルシルが天幕へ入ってきた。
「おはよう、今起きたの?」
「ああ、おはよう」
俺は手早く装備を調える。最前線にいる時は最低限の装備を付けたまま眠りにつくから支度は早い。今は前線とはいえ簡易的なベッドがあるだけでも疲労の回復度合いが全然違う。
「いつになったらぐっすり眠れるようになるのかねえ」
「それはゼロが世界を平和にするまでかもね」
「先が長いな……」
「そう? 案外近いかもしれないよ」
俺は外套を羽織って天幕から出る。
そこには臨戦態勢を整えている部隊が待機していた。
「ゼロ様、待ってましたにゃ~」
「陛下、いつでも行けますぜ」
カインの声に沿海州の男たちの声も続く。
俺は案内されるままに岬にある船へと向かう。
「これが足の速い船か」
俺たちの前には漁に使う船がある。
「へぃ、木造ですが鉄板で補強してますんで、手漕ぎでも結構速度が出ますぜ」
「だにゃ~」
「俺は船の事をよく知らないが、海に住む男がそう言うのだから間違いないだろう」
「だにゃ~」
長旅をするつもりもないから積み込む荷物は少ない。
乗船する者は俺とルシル、それとセシリアだ。
「ルシルにはバーガルの親衛隊から教わったスキルを使ってもらうからな」
「戦い、長くなりそうだもんね。魔晶石も持ってきたから」
「助かる。それとセシリア」
「なんだ勇者ゼロ」
俺は先に乗り込んでいたセシリアに声をかける。
「船の操作でルシルが集中して身動きが取れなくなるからな、守備に専念してもらえるとありがたい」
「いいよ、作戦通りだからな」
「ああ。よし、準備ができたら出発する。シルヴィア、カイン、皆も敵の別働隊や討ち漏らした奴らが来るかもしれないからな、守りは頼んだぞ」
「もちろんだにゃ!」
「ゼロさんもご武運を」
ルシルが船の後方に陣取り、俺は前方に向かう。
「Rランクスキル凍結の氷壁発動! 氷の壁よ船底を覆えっ!」
俺がスキルを発動させ、漁船に氷の皮膜が現れる。
船首の方には別の氷の板を作り、それが小さい羽のような形になった。
「おお……」
沿海州の男たちから歓声が上がる。
「いいかルシル」
「いつでも」
「よし、出港する!」
留めていたロープをほどき、船にたぐり寄せた。
雄叫びと見送りの歓声に岬が包まれ、その中で氷をまとった船が波に揺られて桟橋から離れる。
ルシルは船尾で両手を海に入れて手の甲を船に付けた状態にした。
「流れる水よ、我が手より噴き出でよ! 海神の奔流!」
ルシルの両手からすさまじい勢いで水が噴き出し、その水の圧力が船を前に押し進める。
俺が作った氷の板で船は海の上を滑るように進み、噴き出す水の勢いを増す事で更に速度が上がった。
「では行ってくるぞ!」
俺は岸にいるシルヴィアたちに手を振る。
「ご無事で!」
「戦果を期待していますぜ!」
「たのんましたよ!」
船は海の上を文字通り飛んでいき、大勢が手を振るその姿は一瞬で遠ざかっていった。