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夜の波打ち際

 真夜中。波の音が聞こえる。

 俺は何をするでもなく天幕を出て一人波打ち際に立った。


「夜の海っていうのは真っ黒で何も見えないな……」


 薄雲に隠された月の光がほのかに海面を照らす。少しだけ波の白さが見える程度でそれ以外は地獄の深遠にまで続いているかのような暗黒の穴にも思える。


「この向こうに敵船団がいるのか。何も遮蔽物しゃへいぶつが無いのに遠くが見えないって不思議な話だな」

「そうですね」


 俺の独り言に相づちを打つ声が背後から聞こえた。


「驚いたな、シルヴィア」

「それは失礼しました。砂浜を歩く足音も波の音にかき消されてしまったのでしょうね」

「そうだな、少し気が緩んでいた。シルヴィアが暗殺者だったら今頃俺の死体が波間に浮かんでいたかもしれない」


 シルヴィアは小さく笑って俺の隣に立つ。


敵感知センスエネミーのスキルがあるからな、敵意を持った相手であれば気付けないわけがないのだが」

「そうでしょうね。だから敵に対しての警戒は厳重なのでしょうけれど」

「俺も常に気を張っている訳ではない。味方と思った者であれば近くにいても気にしないし気にならないさ」

「ええ、知っていますわ」


 流れるような動作でシルヴィアは左手に隠し持っていた短剣を俺の首元に当てる。


「殺意を持たず、敵意を持たずに近寄る事ができれば、こうしてゼロさんの命を奪う事もできるのですよ」


 俺は微動だにしない。首に当てられた短剣が冷たく感じた。


「暗殺者の中には殺意も無く標的を始末できるような奴もいるという事か」

「そうです。人を人と思わない、殺すという意識すら無くただ作業として仕事をこなす。そのような心を持った者が中にはいるのです」

「それは恐ろしい。気配も感じず殺意も発しないとはな」


 短剣の刃はよく研がれているのか、少し触れただけで小さい傷ができて血がにじむ。


「あ……」


 シルヴィアは短剣を取り落とす。落ちた短剣が砂浜に突き刺さった。


「失礼いたします」


 シルヴィアは俺の肩をつかみ首元へ顔を近付ける。

 小さく開いた唇が俺の首の傷に触れた。


「ん……」


 シルヴィアが傷口をなめ取る事でにじんでいた血が止まる。


「失礼いたしました。まさか触れてしまうとは……」

「構わないさ、これくらい大した傷ではない。それよりも暗殺者への対策の重要性が理解できた。それを教えてくれた事には礼を言わなくてはな。慣れない短剣を使わせてしまって済まない」


 シルヴィアは俺の事をつかんだまま俺の胸に顔をうずめた。


「そんな滅相もございません。出過ぎた真似をいたしました……」


 俺はシルヴィアの頭に手を乗せる。

 髪をとくようにゆっくりとシルヴィアをなでていく。


「戦闘となれば私はゼロさんのお力にはなれないどころか足手まといになってしまいます」

「後方の支えがあっての前線だ。シルヴィアがいるからこそ戦いに専念できる」

「はい……。私の仕事をいやしめている訳ではありません。私は私のできる事に誇りを持っています……ですが」


 シルヴィアの身体が震えている。


「ですが」


 俺を見上げたシルヴィアの目には涙が溜まっていた。


「お目にかかれない時間が長すぎて、こうしてお話をする事ができるだけでも幸せと思っていましたのに、また会えなくなると思うと胸が苦しくなるのです……」


 シルヴィアの手に力が入る。涙をこらえているものの、小さくしゃくり上げるように身体が揺れた。

 俺はシルヴィアの身体を両腕で包み込む。


「心配するな。俺は戻ってくるし、また隊商の旅を一緒にしよう、な?」


 シルヴィアの肩が小刻みに揺れる。小さな嗚咽おえつとこぼれ落ちた涙が俺に伝わってきた。


「はい……。きっと、きっとですよ」

「ああ。もちろんだ」


 俺は子供のようにしがみつくシルヴィアの細い肩を軽く抱きしめる。

 波の音だけが、時間の流れを感じさせてくれた。


「さあ!」


 シルヴィアが俺から身を離す。もうその顔には憂いや涙はなかった。


「失礼いたしました。無礼の段、いかようにも処罰を受けるつもりです」

「気にする事はない。却って励みになったさ」

「そう言っていただけると私も嬉しいです。では……」


 シルヴィアは胸元から小さな包みを取り出す。


「これを首の傷にお使い下さい。どのような傷もたちどころにふさいでしまう薬です」

「首のであれば問題無い。薬以上に効く治療をしてもらったのでな」

「……っ」


 一瞬シルヴィアがうつむく。

 暗くてよく判らないが、恥ずかしがってしまったのか。

 そう思うと俺も少し気恥ずかしい気持ちになる。


「この薬はもらっておくよ。スキルが使えなくなる時も出てくるかもしれないしな、その時に使わせてもらうさ」

「はい、是非」


 俺は受け取った包みを腰の小袋へ入れる。


「それでは戻るとするか。明日はまた早くなるからな」

「そうですね」


 俺たちは天幕の方へと歩き始めた。

 こうしてみると確かに波の音で歩く音が目立たなくなる。


「それにしてもシルヴィア」

「なんでしょう」

「今日のお前は大胆と言うべきかなんと言うか……」


 口ごもる俺に、両手を後ろで組んだシルヴィアが俺の方に向き直った。


「ええ、夜の……波打ち際ですから」


 雲の隙間から月の光が差し込む。

 照らされるシルヴィアの表情が輝いて見えた。

【後書きコーナー】

 ちょっ、シルヴィアさん……。

 ハーレムと言う程イチャラブはしないのですが、今回はシルヴィアさんの回になってしまいました。

 夜の波打ち際……。花火でもあるとまた違うのでしょうけどね。

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