沖合の合流
夜も更け、すっかり月明かりに照らされる時間。夜空には星々が瞬いていた。
村の入り口付近で少しざわつきが感じられる。
「どうした、この時間に移動する者でもいたのか」
俺は近くにいた沿海州の男に尋ねたが、男も何が起きたのかは判らない。
「何か騒ぎでも……」
俺が言いかけた時だった。
「こんな時間になってしまったけど、会議には間に合ったみたいですね……」
そう言ったのは今しがた村に到着した女性だ。
肩で呼吸するたびにその大きな胸が上下する。
「アガテー、お帰り」
「ただいま到着しましたゼロさん……」
息を切らせながらアガテーが報告を始めた。
「敵軍の状況を確認してきました。敵は三王国の残存兵、およそ二万。マルガリータを襲っていたブラッシュ国の兵一万弱と、この沿海州に押し寄せたクシィ艦隊が一万が海上で集結、再攻勢を沿海州にかける算段のようです!」
アガテーの報告に周りの面々が反応する。
「こちらも主力がいるんだ! それにゼロ王もいらっしゃる!」
「そうだ、沿海州の沖にいるなら願ってもねぇ! いっちょこっちから仕掛けてやりやしょうよ!」
沿海州の男たちは自分たちの暮らす近海に敵がいるという事を聞いて色めき立つ。
「でもさゼロ、ここからだと沖合にいる船は見えないよ? 夜にもなれば明かりくらい点けると思うんだけど」
「そうだな、ウィブに飛んでみてもらったらどうだ?」
「そうね、頼んでみる」
ルシルは精神を統一してワイバーンのウィブに思念伝達を飛ばす。
「ゼロ王、ルシル様は何をなさっているんで?」
沿海州の頭が尋ねてくる。沿海州の人たちから見ればルシルの思念伝達は道の存在なのかもしれない。
「これは遠隔地にいる者と念話を通じて意識を共有するスキルでな、簡単に言えば遠くの者と話ができる能力なのだよ」
「へぇ、それはすげぇ! 遠くの奴と連絡が取れたらすごく便利ですなあ!」
「そうだな、俺も勇者系のスキルでは使えないからな、使える者が限られていることが残念だがこうして連絡が取れるととても助かる」
「そうでしょうねぇ。いやあカインのあねさんたちが来てから、驚くことばかりでさ!」
俺が頭と話をしている間にルシルはウィブと連絡が取れたらしい。
「上空からだと、沖に光の塊が十五見えたって。危ないかもしれないから近くには行かないように伝えておいたけど」
「それで十分だ。それにしてもこちらでは船の灯りが見えないとはな」
「それでしたら、あっしら海に生きる者からすると、だいたい五キロくらいの距離までしか見えないのが当たり前なんですわ」
「ほう、それはなんでだ?」
俺は興味をそそられて頭に質問をする。
「子供みたいに目をキラキラさせて、ゼロったら」
ルシルが横槍を入れるが気にしないでおく。
「理屈は判らねえんでさ。でも、どんどん遠くに行く船がだんだんと海の中に消えていく、沈むんじゃあなくゆっくりと下の方から見えなくなっていくんで、ああこれはきっと海の神さんが遠くの魚を見えなくするために海を隠しちまうんじゃないか、船もそれに隠されてしまうんじゃないかっていう話でさあ」
「船は大丈夫なのか?」
「へぇ、特に何も問題無く帰ってきますんで、その時の話をすると船の連中も村がどんどん海に消えちまうって言って驚いていやしたよ」
「ほう、面白いな……。遠くに行くと見えなくなるのか。だからここからだと沖合の敵船が見えないと」
「不思議よね」
「そうだな……。よし、こちらから打って出る場合の戦力はどうだ」
セシリアと頭がこの辺りの図面を開いて話し始める。
「勇者ゼロ、先の戦いで鹵獲した船が二隻、あとは漁に出るための船が三十といったところだ。撃退した戦いの時は敵船も浜や港に寄ってきたので陸からの攻撃も当たったが、沖合となるとこちらから船で行かなくてはならないな」
「セシリア、それであれば足の速い船を一隻用意できるか?」
「一隻でいいのか?」
「ああ、俺に考えがある。よし、今日は攻撃に備えて休むとするか。済まないが見張りと最低限の守備兵の配置を頼む!」
俺の声を合図に沿海州の男たちから雄叫びが上がる。
「やりやしょう!」
「任せといてくだせぇ!」
明日は朝から忙しくなりそうだ。
今夜は遅くなったが精神力を回復させるためにもしっかりと休んでおかねば。
俺たちはあてがわれた天幕に散らばってそれぞれで休息を取る。
月が薄い雲に隠れて薄暗くなっていた。