辺境国の王
荒野は溶岩の荒れ狂う野原と化した。五万の敵兵はことごとく溶岩に呑まれ、燃え上がる大地とは反対にその命の炎が燃え尽きていく。
その中でどこからか飛んできた矢がルシルに向かってきた。当然その矢はあらかじめ仕掛けておいた円の聖櫃で簡単に弾かれる。
この状態で魔力の帯びた矢を用意できるとは思えなかったからだが、仮に魔力が注ぎ込まれて円の聖櫃を突破する力があったとしても俺がはたき落とす用意はできていた。
「ありがとうゼロ」
「ああ。だがこの弾道、発射位置はあの辺りか」
俺は矢の飛んできた方向を見る。
そこには焼けきって炭化した敵兵がうずだかく積まれていた。
「出てきたらどうだ」
俺はその死体の山に向かって声をかけると、その山がゆっくりと動く。
「参った参った、ここまで一方的とはね」
そこから立ち上がったのは一人の男。身体の至る所に火傷ができているがそれでも死には至っていないようだ。
「どうして判った?」
「俺は殺意を感じることができるのでな」
常時発動の敵感知が俺に敵の存在を知らせてくれていたのだ。
たまたま俺の手前にルシルがいたからルシルに向かって矢が飛んできたようにも見えたが、実際は俺に向けた殺意だったのだろう。耳の奥が痛くなって敵意を感じることができた。
「まあ、目標はどちらでもよかったのかもしれないがな」
立ち上がった男に聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。
「それで、まだやるのか?」
俺は男に問いかける。
再三考えていたように、生き残りがいてくれてそれが敵の本隊、できれば国の中枢にまで話が伝わり、もうこちらに攻めてくるというくだらない考えを捨て去ることができれば何よりだ。
俺は面倒事のないのんびりとした生活を送りたい。守るものが多くなったがそれは変わらない所だ。
「軍隊は半数も死傷すれば全滅と言っても過言ではないのだが、これは本当の全滅だな……。予はここまでの損害を見たことがないぞ」
「予……?」
なんだか偉そうな物言いというか、もしかしてこいつ。
「お前、国王か権力者かもしくはその辺りの奴か?」
「よく判ったな。予はコーム王カミスキーである。即位して間もない王ではあるがな、その実績作りのために参戦したのだが……これは失敗であったなあ」
辺境三王国のうちの一つ、そこの王か。
「護衛や側近が身を挺して守ってくれたからな、こうして生きながらえることができた」
「王であれば話が早い。この侵略から手を引いて欲しい。俺たちは望んで戦がしたいわけではない。退いてくれれば無駄な血が流れずに済む。双方共にな」
俺は腰に差した剣の柄に手を添えながらも落ち着いた口調で話しかける。
「俺もこの地を治める王だ。レイヌール勇王国国王、ゼロ・レイヌール。お前たちの大陸まで名が伝わっているかは判らんが俺の強さは今見た通りだ。勇者王として歯向かう敵には容赦しない」
にらみを利かせて話すが流石に相手も王を名乗る者だ。それくらいでは怖じ気づいたりはしないか。
「三王国の奴隷たちは捕虜として預かっている。それを解放してもよいし引き上げてくれるのであれば他にも展開している奴らは追撃しないでおいてやる。どうだ、退いてはくれないか?」
俺の提案にカミスキーはきょとんとした表情をしたかと思うと、高笑いを始めた。
「面白いな、面白い! 報告では聞いていたが勇者王、そなたは面白い奴よの!」
ひとしきり笑ったかと思うと鋭い眼光になって不敵な笑みをたたえる。
「予は王とは名ばかり、雇われの王だ。自らの意思で戦を止めるわけにはいかん」
カミスキーは儀礼用と思えるような華美な装飾を施した刀を抜くと、俺に向けて構えを取った。
「飾り物とはいえ王としての矜恃がある。滅ぶにしても誇りを持って滅びたい!」
火傷を負って痛むだろう脚を引きずりながらも俺に向かってくる。
「王と王の一騎打ちだ、これ以上決着させるにふさわしい相手はおるまい!」
カミスキーは自分に酔っている、俺にはそう思えた。