上の下準備
降り注ぐ矢の雨。それを凌ぐとすれば円の聖櫃で完全物理防御が常道。
「ルシル!」
「うん!」
俺は両腕を伸ばして後ろにそらす。少し前傾姿勢になったところへルシルが乗っかってくる。
「上空の矢には雷の矢を放て!」
「判った!」
ルシルの手から無数に放出される雷の矢が飛んでくる矢に命中した。
それと同時に火花が散って魔力が相殺される。
「やっぱりだよゼロ!」
「ああ! ただの矢ではないな! 矢尻に魔力を込めたか付与された物だろう!」
俺はルシルを背負ったまま超加速走駆で瞬間的に前進して落ちてくる矢の中心から外れた。円の聖櫃で受けようとしていたらハリネズミになっていただろう。
「前!」
ルシルが叫ぶ。中心地点から離れたとはいえ矢は次々と俺たちに向かって落ちてくる。
だが目の前にそびえる盾の壁、そしてその隙間から突き出される無数の槍。
「このまま突っ込めば槍の餌食、それを突破したとしても盾に阻まれるか。なるほどよく訓練されている」
「それに弓兵の放つ矢も味方には当たらない距離っていい腕だよ」
「ああ。ここで散らすは惜しいな! だが!」
俺は左足を振り上げてスキルを発動させる。
「Rランクスキル凍結の氷壁! 押し出せ、氷の壁よ!」
俺の足の先から小さな氷が飛び出し、見る間に巨大な氷の壁となって敵兵を押し戻す。
氷に弾かれて槍が折れ、その圧力で盾の壁がぐらついた。
俺は氷の壁を力一杯足で押しつける。氷に押されて兵士たちの隊列が崩れる。
「更に追加でSランクスキル超加速走駆発動! 押し切れぇ!」
左足で氷の壁を押し、右足で大地を蹴って前方への圧力を増やす。
空から振ってくる無数の矢も俺たちに直撃しそうな物だけルシルの雷の矢で撃ち落としていく。
「ゼロ、陣形が崩れたよ!」
「ああ!」
盾の壁を崩して突破すると同時にルシルが俺の背中から降りて、今度は周囲の敵兵に向かって雷の矢を連発する。
両手の自由が得られた俺はもう一度覚醒剣グラディエイトを抜き放ち突撃を行った。
「次はどう来る!?」
俺は敵の出方をうかがいながらも近くの兵を切り崩す事はやめない。
一連の動きを柔軟に、滑らかに行える兵たちだ。これで終わりではないだろう。
「だがそれは通常の集団戦闘で使える戦法。俺のような勇者の!」
「私のような魔王の!」
「戦い方には適していなかったな!」
「ね!」
密集している集団に割って入った俺たちに対して訓練された兵では太刀打ちできない。
所詮は一対一の個人戦だ。
単体の戦闘力が物を言う。
「俺と対等に戦いたいのなら、そうだな……お前たちだと一斉に十人は攻撃してこないとな!」
だが俺をどう取り囲もうと同時に攻撃できる人数は限られている。
それに今は俺の後ろにルシルもいるのだ。攻撃するにも場所が必要となるだけに俺たちを取り囲むだけでは不十分。
「弓兵隊っ! 波扇の構えっ!」
またもや指示を飛ばす声が聞こえた。
敵兵は俺に突撃をかけてくる奴の後ろで盾部隊が並び始めた。
体勢を立て直しつつある盾部隊が改めて陣形を整える。
その隙間から飛び出すのは槍ではなく引き絞られた矢。
「水平発射だとっ! 味方に当たっても構わないと言うのか!」
全方向からの矢の水平発射。程度盾でしのげるかもしれないが、それでも盾を超えて自分たちにも当たる矢は出てくるだろう。
「そんな捨て身で来たか……」
「ゼロ……どうする」
「魔力の帯びた矢だ。受けてもまずいし全てを弾く事は難しいだろう。ルシル、あれはどうか」
俺は背中越しにルシルへ確認する。
「うん」
ルシルは上を見るように手で合図した。
「準備は、できているよ」
危機が迫った中、ルシルの声は自信に満ちあふれたものだ。
その声を聴いて俺も冷静さを取り戻す事ができる。
「では、始めようか」
俺は剣を高く掲げてその時を待った。