北の沿海州
「義兄上、我に発言の機会を与えてくれた事を感謝しよう」
挙手をしたレイラは静かに礼を言う。
レイラはルシルの妹なのだが、なぜか俺の事を義兄と呼ぶのだ。
「我は瘴気の谷の出自ではないのだが、ゆえあってここに列席させてもらっている。その部外者のような我が言うのもなんだが、聴いてもらえるとありがたい」
レイラは魔王だった頃のルシルの妹で、一時期はルシルに代わって魔族を束ねようとした事があった。
その時に俺と敵対したものだが、魔王の力の源である二つの角がルシルに戻ってからはひとまず敵対関係を解消して、残った魔族たちを助けようとしてくれている。
バーガルたちとは魔族の中でも種族が違うようなのだが、いろいろあって瘴気の谷の魔族たちにも協力していた。
「まあそう固くなる事もないだろう。それでレイラ、敵の侵攻について思うところがあるのか」
「我が推測するに南のマルガリータも危険だが、それよりも北の沿海州が狙われるのではないかと思うのだ」
「沿海州か」
俺はまだ行った事がなかったが北の海岸線には漁港が連なると聞く。シルヴィアやセシリアから聴いた話では、沿海州には屈強な海の男たちが多い事から野盗も近寄らず安全な商いができるという。
「戦力としては目を見張るものがあるらしいがそれはあくまで地方の村を守る程度に過ぎん。野盗程度なら十分だろうが統制の取れた軍隊では相手になるまい」
「我もそう思ってな。さて、そろそろ頃合いか……」
レイラが会議室の入り口を見る。
示し合わせたかのように扉が開き、騒がしい連中が入ってきた。
浅黒い肌は西の大陸の者たちとは違って日に焼けたもののようだ。引き締まった筋肉に簡易的なベストを羽織っているだけの上半身。短めのズボンに草履といった出で立ちで、その腰には大鉈のような刀が無造作にぶら下がっていた。
「無礼な!」
その様子を見てベルゼルが立ち上がって咎める。
「静かにしたまえ! ここをどこだと思っているのだ!」
流石は魔王の右腕であるベルゼルの一喝は迫力がある。
一瞬入ってきた連中も口をつぐんだ。
「ごめんにゃぁ、ちょ~っとドワーフの建物が珍しくてはしゃいじゃったみたいだにゃ」
日焼けした男たちから割って入ってきたのは、小柄で華奢な女の子。
猫のような耳を少し寝かせて謝っているつもりなのかもしれない。
「ゼロ様~、ご無沙汰にゃ~!」
カインは俺に飛びつくと、頬を俺の顔にこすりつけてきた。
それを見てなのか、ルシルが少しむくれて問いただす。
「カイン! どうしたのこんな所で。それにこの男たちはなんなのよ」
「ルシルちゃんも久し振りだにゃ~! ボクね沿海州に行っていたんだにゃ! この人たちは村々の代表だにゃ」
猫耳娘の姿をしたカインが男たちを紹介する。
男たちは悪びれもせず挑戦的な視線を送ってきた。