奴隷貴族の采配
俺は引き上げていく奴隷軍の後を追っていく。
攻撃範囲に入らない程度の間隔を開けて。
「ゼロ、アガテーから敵の本隊に潜入したって話があったよ」
ルシルはアガテーの状況を伝えてくれる。
これに先立ち、ウィブには連絡が取れた際に撤退するように伝えておいた。どうやら大怪我は負っていないようだが多少の傷を受けているようだったし、後方で羽を休めてもらう事にした。
「このまま引き上げてくれれば、瘴気の谷への道が開けるかもしれない。今あの崖の下がどうなっているのか早く確認したいからな」
「そうだね、私も何度か思念伝達を飛ばしているんだけど、まだ距離があるから通じないみたい」
「定期的に確認してもらえると助かる」
「うん」
俺は奴隷軍の殿に警戒しつつ後を追う。
「ねえあれ」
少し遠いが正面に陣幕のようなものが見えた。
「おかしいな、本隊がそのまま残っているのならどうして奴隷軍の兵士たちは撤退しているんだ? いや、動きが止まったか」
奴隷軍は俺たちと距離を取ってはいるが、引き上げる足を止めたのか隊列を整えながら俺たちを包囲する形になっている。
その中央に陣幕で囲われた本隊があった。
「陣は引き払えないだろうが、だとしても本陣を残して兵だけが後退するとなると何か意図を感じるな」
俺の言葉に応じるかのように、陣幕の内側から声がした。
「あまり勘ぐらなくともよいぞ、東の小国よ」
少し高い男の声だ。戦場の中でもよく通る声をしている。
「我はドレイクを退けた奴の力量を測りたくて一人待っておったのだよ」
陣幕から出てきたのはきらびやかな衣装に身を包んだ華奢な男だった。
「お前がこの軍を指揮しているのか?」
俺の問いにその男はうなずいて肯定する。
「そう、我は奴隷にして貴族、奴隷上がりといえどその能力と才覚で貴族の称号を得るに至った者、ドレープ・ニール伯爵ぞ!」
指揮官の男、ドレープ・ニールは陣幕の前で手を腰に当てて胸を張った。
「伯爵、ちょっと待っててくれよ。これはオラの相手だ」
陣幕からもう一人出てきた男は、つい先程俺が一太刀浴びせたドレイク、剣奴将軍だ。
「ゼロ、こいつさっき斬られてたよね!」
「敵軍にも治療士がいるのだろう。致命傷や手足の欠損でもなければそれなりの治療士でも対処できるだろうからな」
「言われてみればそうね、傷だけならなんとでもなるか」
「ああ……」
敵の陣幕の前には奴隷貴族と剣奴将軍の二人が立っている。
「お前たち、軍を退くつもりはないか!?」
俺は敵軍の二人に問いかけた。
「ああ、新天地は我らの悲願なのでな。我らが攻め入って我らの土地にするのだよ。我は伯爵とはいえ今の領地は陛下より賜りし物。奴隷を解放してその地に住まうためには切り取り自由の領地を手にするほかないのだ!」
「それはお前たちの身勝手な都合だろう。俺たちには関係ない話だ」
「居座るのもそなたらの都合であるからな」
「ぬかせ!」
俺は瞬間的に間合いを詰めようと超加速走駆を発動させる。
その瞬間、宙に浮く感覚が俺を包む。
「なっ!」
俺は巨大な落とし穴に落ちた。
「幻影か! 大地を幻影で覆っていたとは!」
「突進だけが戦いではないのだよ」
深い落とし穴を落下する俺の耳にドレープ・ニールの声が届く。
俺は歯噛みするが、地面につくまでの一瞬で次の行動を決めなくてはならない。
「なかなか面倒な奴らだな!」