西からの脅威
アガテーもこの鉱山の再建に力を貸してくれていた。戦闘力もさることながら隠密行動を主とした情報収集にはことのほか役に立ってくれている。
「国王陛下、こちらにいたのね」
「なんだか他人行儀というか、元の通りゼロと呼んでくれて構わないぞ」
「そう? だったらゼロさん」
「そっちの方がしっくりくるな。それでどうだった?」
俺はアガテーに熊を騙る狼どもの掃討を命じていたのだ。
「狼の残党はほとんど駆逐した、っていうのは報告したよね」
「ああ。後は逃げた奴がどれだけいるかという事だが」
「それがね、どうやら街道を離れて西へ向かったという情報が入ってさ」
「西? だがあちらにはマルガリータ王国やバーガルが治める魔族の国もある。雲散霧消した奴らごときが通り抜けられるとは思えないが」
「そうなんだよね、一応同盟国にも早馬を出して連絡はしているんだけど」
どうもアガテーの歯切れが悪い。
「狼に関する情報が返ってこなくて」
アガテーは気まずそうに腕を組む。
「連絡が取れない、という事か?」
「うん、何人も連絡係を送っているんだけど、彼らも戻ってこないのよ」
俺は背中に冷たい物が走るのを感じた。
「商人たちはどうか。シルヴィア、シルヴィアはいないか?」
再建中のこの鉱山の一室は仮の執務室のようになっている。俺がここから指示を飛ばしたりするので、自然と役職者が集まってきたのだった。
「ゼロさん、どうされましたか?」
清潔で上質なドレスだが華美な装飾はなく、ベルトなどで留めていて動きやすいようにしているシルヴィアが部屋に入ってくる。
風に乗ってシルヴィアの柔らかな香りが漂ってきた。
「この数日、商人たちの動向におかしいところはないか」
「数日ですか……そうですね、最近西方からの物資が滞りがちになっているようです。そのせいで石材や穀物の値が上がる傾向にあります」
「西方か」
「はい。他はいたって普通です。各地に巡らせた街道の効果が出ていると思いますよ」
俺はシルヴィアの話を聴いて考えを巡らす。
「知っている範囲で構わないが、最後に西方から戻ってきた商人は何日前の事か?」
「そうですね、ブラント商会の隊商が一昨日ムサボールに着いたという報告は受けていますが」
「一昨日……確か定期便もあったはずだが」
「ええ、ほぼ毎日行き来していましたね」
俺はゆっくりと執務室の中を歩く。
「ゼロさん?」
シルヴィアが心配そうに俺の顔色をうかがう。
アガテーも状況を察したのか真剣な面持ちになる。
俺は部屋の端で目を閉じて座っているルシルに話しかけた。
「ルシル、ベルゼルはバーガルの所へ派遣したままだったな」
「そうだね。戻してはいないかな」
「それでは魔族の中で戦闘に長けた者たちを百人程集めてもらえないだろうか。ベルゼルがいれば奴にやらせたのだが、すぐ近くで魔族を統括できる者といえば俺の他にはルシルくらいしかいないからな」
「うーん、それは構わないけど。どうしたの?」
「杞憂で済めばいいのだが……」
俺が指示を出そうとしていた矢先だった。
「陛下! 瘴気の谷より伝令!」
兵士が駆け込んできて片膝をつく。
「しまった、先を越されたか!」
荒く呼吸する様子を見て俺は悟った。
「どうしたのゼロ!」
「報告を聞こう。申せ!」
「はっ! 瘴気の谷の魔族軍、所属不明の軍勢に強襲を受け壊滅!」
「バーガルはどうした! ベルゼルは!」
「ベルゼル侯はお討ち死に、バーガル王は行方知れずとの事!」
「なっ……」
バーガルはともかくあのベルゼルが戦闘で負けただと……。
「ゼロ、実際に見た訳じゃないから誤報かもしれない。あのベルゼルだから……」
「そうだな、そう易々とは死んだりしないと俺も思いたい」
俺は拳を強く握りしめる。
爪が食い込んで血が出てくるが、それよりも自分の迂闊さに腹が立つ。
「西か……」
静かにつぶやいたつもりが、怒気をはらんだ俺の言葉が部屋にいた者全員を震え上がらせた。