鹿肉の串焼き
ユクモ山はムサボールから北東へ少し行った辺りの森深い山だ。
「特に鉄鉱石の鉱山がある訳でもないのだがな、炉があるとすれば煙が立っていたりもするのだろう。目印としては判りやすいはずだ」
俺は特に鉄製品が安価で手に入るという噂の宿場町に移動していた。
「少し市場を見てくるか」
商人の振りをして街道を何往復もしただけあってどこに市が立っているかなどはある程度判るようになった。
「確かにここは鉄器具が安いな。ここで仕入れて別の場所で売ればそれだけでもかなりの儲けになるぞ」
「ゼロってばもう商人の真似はしなくていいのに」
「そ、そうだったな」
俺は手にした鉄製品を眺めてみる。
精度はよくないものの、かなり価格が下がっている。この値段なら多少品質が悪くとも需要はあるだろう。
「流通や経済にも影響を与える程の物だ。隠れ鉱山の線も考えておいた方がよさそうだ」
「そうなるとかなりの規模になるよね」
「そうだな」
奴らは熊として野に降ったのか、それとも熊の名前を使って人を襲うただの獣なのか。
「アガテー」
「なに?」
俺に呼び止められたアガテーは、両手に持っていた串焼き肉を頬張っていた。
「ゼロさんも一つどう? この辺りの名物なんですって、鹿肉の串焼き」
「お、そうかすまんな」
俺はアガテーから串焼きを受け取って口に運ぶ。
「おほっ、これは鹿肉だからかあまり獣臭くないし、それに肉が柔らかい。筋切りをしている……だけではないな。肉を柔らかくする何かが決め手になっているようだが」
「おお! ゼロさんもよく判っているじゃない~。ほらルシルさんもどうぞ~」
「う、うん……」
ルシルも不満そうな顔をしながらも串焼きを受け取り、一口かじる。
「ほあっ、これ美味しい!」
「でしょ~!」
「これはナップル草と岩塩だね」
「お、ルシルさん物知り~! さっきお店で聞いたら、隠し味がそれだって言っていたよ」
「ナップル草は肉を柔らかくする効果のある酵素を持っていてそれを岩塩が引き締めるから、身崩れしなくて味も濃くなっているんだね。でも嫌な動物臭さが少ないのはナップル草の消臭効果も一役買っているんじゃないかな」
なんだか饒舌になるルシル。
美味しい物を食べていることとアガテーに褒められたというかおだてられた事で気分をよくしたのかもしれない。
「すっごい! ルシルさんそんな事まで知っているんだ! 物知りというよりもう研究者とか博士の域だね!」
感心するアガテーにルシルもまんざらでは無さそうだ。
「それでね、ちょっとお店の人に聞いたらさ、最近鹿肉が全然捕れなくなったとかでね、品薄状態なんだって」
アガテーのその話で俺も気が付いた。
「この近くの森、ユクモ山の森で獲物が捕れなくなってきた、という事はもしかして……」
「多分、町の人が知らないところで大規模な狩りが行われていた、とかね」
誰がそれだけの獣を狩るのか。
どうやら俺たちの考えは間違っていないようだった。