縄張り争いの上の上
シルヴィアがシチューをかき回す。
「シルヴィア、水汲みの時何もなかったか?」
「ええ水も綺麗でしたし特には。それが何か……」
「どうやらここは狼の縄張りだったみたいだ。この丘に狼の痕跡は無かったから気にしていなかったが」
まだ狼の目がいくつも森の中で光っているように見える。
俺は焚き火から太めの薪を取り上げるとシルヴィアに渡す。
ルシルは自分の持ちやすい薪をたいまつにして持っていた。
「狼なら火、というより未経験の物を警戒する。今回は近付いてきたらたいまつで撃退しよう。何も全部殺す必要は無い。狼が諦めて逃げるなり縄張りを変えてくれるなりしたら俺たちの勝ちだ」
俺は右手に剣を左手にたいまつを持って森の方をにらむ。
「お姉ちゃん、狼なんてこれでいなくなるにゃ!」
猫耳娘状態のカインが国境の老人コロホニーから受け取った魔獣の笛を取り出した。
「あっち行くにゃー!」
思いっきり笛に息を吹き込む。
が、音は鳴らなかった。
「あれ? おかしいにゃあ」
笛を加えたままカインが少し息を吸ったその時、耳をつんざく高音の大音量が笛から出た。
木々がざわめく。大地を揺るがすような音が響く。森の鳥たちが一斉に羽ばたいて空へ飛んで行く。
「吸ったら鳴っちゃったにゃ……」
「普通笛っていえば吹く方だよな。吸って音が出るってこれ、向きが逆なんじゃ……」
「あ。そうかもにゃ」
さすがは魔法道具。使い方を逆にすれば効果も逆になるのか。
笛を合図に狼たちが森から出てくる。じわじわと包囲の輪を縮めて。
「ごめんにゃ、追い払うどころじゃなかったにゃ……」
「いいさ、元から撃退するつもりだったから。試してくれてありがとうな」
「ふにゃぁ」
涙目になっていたカインの頭に手を乗せる。
「ねえゼロ、なんだかあの狼大きくない?」
ルシルが目をこすりながら見直す。
確かにルシルの見ている方向にいる狼は周りの狼より二回りほど大きい。頭の高さが人の頭と同じくらいはありそうだ。
「あいつは厄介そうだな。ルシル、思念伝達はできるか? あそこまで大きいとただの獣じゃなくて魔獣の類いなんじゃないかと思ってな」
「何度か話しかけているけど応答無しだよ。そこまで知能が高くないのか無視をしているのかよね」
「そうか、なら仕方がない。全力で排除しよう」
狼たちが森から出てこちらへ向かって駆け出した。
「ゼロさん」
シルヴィアがたいまつを構えながら俺のそばに近付いてくる。
「先程の地鳴り、いくらあの狼が大きいとはいえあそこまではできないと思いませんか」
「そうだな、鳥が一斉に飛び去るくらいの衝撃ということは……」
「ゼロ! 来たよっ!」
狼たちは俺たちが待ち構えている所を避けて横をすり抜けていく。そのまま川の方へと走り去る。
「本命はあれか」
森の木々がなぎ倒されて人型の怪物が現れた。
身の丈は三メートルは超えているだろうか。汚れた髪が張り付き、落ちくぼんだ小さな目がこちらを向く。歪んだ笑みは黄色く汚れた歯でさらに不気味さを増す。
何枚ものぼろぼろの毛皮を重ねて身にまとい、手には俺の身長と同じくらい長い棍棒を持っていた。
「ヒルジャイアント……」
ルシルがつぶやく。夕日が沈み残光だけが俺たちを照らす。
「えっ!?」
森から同じような奴が次々と出てくる。
「三体……。ヒルジャイアントが三体来るよ!」
「これは確かに狼どころの騒ぎではないな」
俺はたいまつを放り投げ、剣を構えながらヒルジャイアントたちに向かって歩き出した。