熊退治の始まり
相手の荷馬車から出てきた筋骨隆々の男がいやらしい笑みを見せながら俺に近付いてくる。
俺は商人の格好をしているために手持ちの武器はない。
「ルシル、下がっていろ」
「うん判った。ゼロ、あんまり無理しちゃ駄目だよ」
この状況を意に介さないようなルシルの反応に筋肉だるまが青筋を立てる。
「おいおい嬢ちゃん、今からこのガキをミンチにして肉団子にしてやろうというのに、余裕だなあ、ああ?」
顔を歪ませて凄みを利かせるが、それくらいでは俺たちには威嚇にもならない。
「このガキがどうなってもいいって言うのか!」
筋肉だるまが俺の首に腕を回す。筋肉だるまの持った剣が俺の喉元に突きつけられた。
「危ないだろう、怪我でもしたらどうするのだ」
「なにおう! 怪我どころかお前の命だって奪ってやれるんだぞ!」
筋肉の太い腕が俺の首に回されている状態でも俺は冷静さを失わない。
慌てる必要がないからだ。
「Nランクスキル氷結の指」
俺は喉元の剣を指でつまむ。つまんだところから剣に霜が付いて広がっていく。
「なっ、何をしやが……」
急速に霜が広がり筋肉だるまの腕へも霜で覆われてきた。
「はっ! こ、これは!」
「安心しろ、凍っていれば感覚はない。とんっ!」
俺は口で効果音を言いながら指先で筋肉だるまの腕を軽く叩く。
ほんの少しの衝撃だったが、その一突きで男の腕が凍ったところから粉々に砕け散った。
「ひっ、ひやぁ! 俺の、俺の腕がぁ!」
「凍っているから痛みはないはずだが、こんなに過剰な反応を見せるとはな。日頃から他人に痛みを与えている奴がいざ自分の身に降りかかった時に、こうも狼狽するとは……覚悟が足りなかったな」
男の腕が砕けたものの剣はそのままの形で地面に落ちる。
「肉は凍って砕けたが剣はそうもいかなかったみたいだ。ふむ、これは勉強になる」
俺は剣を拾い上げると、片腕を失った筋肉だるまのわめく口元にその切っ先をねじ込んだ。
「静かにしないか。今まで散々殺してきたのだろう?」
「はっ、はひゅい……」
剣が口に突っ込まれている状態で言葉がうまく出せない。
「ま、いいや。他に残った奴から話を聴くから。はいはーい、追い剥ぎのみなさーん! あなたたちは熊で間違いないですか~」
俺は荷馬車にいる他の男たちに呼びかける。
「お話ししてくれたらご褒美を上げちゃいます! そうじゃない方は地獄の苦しみを味わってもらって、その上で本当の地獄にたたき落としてあげま~す」
片腕の筋肉だるまの他には三人。荷馬車に隠れている奴はいないようだからこれでここにいる盗賊団の連中は全員か。
「ひぃっ!」
一人が逃げ出すがそこに俺の放った氷の槍が両脚を切り落としていた。
「捕縛撚糸でも使えればもっと穏便にできたんだろうけどな、氷塊の槍くらいしか適当なやつがなくて済まないな。ってまあいいか。あと二人いるし」
俺は残る二人に向かって歩き出す。
「はわわっ!」
二人は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「白状するなら早いほうが痛みが少ないぞ。別に拷問をするつもりはないが結果として拷問になってしまう事もあるだろうからな」
俺は筋肉だるまの剣を座り込んでいる二人に向かって構えてみせる。
「はいっ、言います! 言わせてください! 俺たちは……!」
そこまで口走った男の頭部が弾け飛んだ。