街道で鉢合わせ
街道に幌を付けた荷馬車が一台。急ぐでもなく雲の流れに合わせるかのようなゆっくりとした足取りだ。
周辺は何もない。多少木々があるがそれは街道を通る人々の日除けとして役に立ってくれている。
「人通りも多くなったよねこの街道も」
俺が御者台で手綱を握り、ルシルも隣に座っていた。
「そうだな、俺たちが王国から逃げてきた時とは大違いだな。レイヌールとムサボールを結ぶ街道が整備されてからは交易も盛んになったとシルヴィアが言っていたぞ」
「そっかぁ。町同士がもっと豊かになるといいね」
「それぞれの特産品があるからな、内陸で海の魚が食べられたり港町で木材が使えるようになったり、町と町でお互いの得意な物と足りない物を取り引きできれば、そこに暮らす市民ももっと生活が豊かになるだろう」
だからこそ輸送手段となる街道が大切であり、その街道で商人たちを襲う盗賊団が問題視される訳だ。
「それでさ、もう二往復しているけど……熊、出ないね」
「出ないなあ……」
俺とルシルは囮として行商人のふりをしながら街道を行き来する。
実際に商品を運んでいるので無駄ではないのだが、ここで小銭を稼ぐ事が目的ではない。
「俺たちに食いついてくる盗賊団がいれば話が早くて助かるのだが」
商人を襲う盗賊団、熊と呼ばれる荒くれ者たちを退治する事が俺の目的だ。
「ねえゼロ、あの前から来る荷馬車……」
「どうやら何かあったらしいな」
前方からゆっくりと近付いてくる荷馬車は、幌に矢が刺さっていたり馬が足を引きずっていたりと、普通の荷馬車には見えなかった。
俺は街道脇に自分たちの荷馬車を停めて、向かってくる荷馬車を待つ。
「おおい、どうなさった」
俺は軽い口調で話しかける。
御者は左目と頭に包帯を巻いていてうっすらと血がにじんでいた。
破れているとはいえ幌が下がっているので荷車の中まではうかがえないが、刀傷や突き刺さった矢が戦闘の激しさを物語っているようだ。
「これは酷い、強盗にでも襲われなさったか!」
俺はあえてわざとらしいくらいに驚いて見せた。
「あんたらはこの先に向かうのか。悪い事は言わねえ、引き返しな」
片目の男が俺たちに忠告をする。
「どうしたと言うんだい。引き返せとは真っ当じゃないねぇ。俺たちもこれからムサボールの町へ小麦を売りに行こうとしているんだ。あと半日もすれば町へ着けると言うのに」
「ほう小麦かい。悪い事は言わねえ、今回の商いはあきらめて元来た道を戻ったらいいぞ」
「それじゃあ商売あがったりだよ、教えてくれねえか、いったい何があったんだい?」
俺が片目の男に近付いた時だった。
「ぐはっ!」
御者台に座っている片目の男の腹から剣先が飛び出してくる。
「はいご苦労さん」
片目の男を背中から刺した男が幌の中から現れた。
「引き返せとか言うから死んじまうんだよ」
剣で刺した男は日に焼けた浅黒い肌で筋骨隆々の身体だ。
「なんて事をするんだ!」
俺が筋肉だるまを怒鳴りつけるが、筋肉だるまはまったく意に介した様子もない。
「この片目は結構稼いでいたからな、こいつが稼いだ金は俺が何とかしてやるぜ」
既に絶命している片目の男から剣を抜き、片目の男の死体を蹴る。
男の死体は御者台から転がり落ち、地面へ叩き付けられた。
「さあてそれではそこの新しい商人さんよぉ」
筋肉だるまが俺の方へと近付いてくる。
吐き出す息が臭い。
「身ぐるみ剥いで立ち去るか、俺らにやられてこの世界から追い出されるか。さあ選ばせてやるぜぇ!?」
幌から出てきた数人の男たちが俺たちを囲むようにして広がった。
「もう逃げ場はねぇぜぇ~!」
筋肉だるまが得意そうに笑っている。