留守番役に後はお任せ
俺の執務室に町の守備隊の隊長が転がり込んできた。その身体には部下の血がべっとりと付いている。それだけでも異常事態という事だ。
「熊になったという事は……あの熊か、街道を荒らす盗賊団の」
「はい、どうやら私が討った部下も熊の一員だったようで、警備隊に素性を隠して潜り込んでいたようです」
執務室には俺とルシル、そして警備隊長ロッホの三人だけだ。
ロッホは俺とルシルの関係を知っている。それだけにルシルがいたとしても人払いなどは必要ないことを理解していた。
「ゼロ、熊と言ったら広い地域で噂になっている盗賊団でアジトも構成員もまったく判らないっていう謎の組織だよね」
「ああ」
「ルシル様の仰る通り我ら警備隊も手を焼いている盗賊団です。街道の安全も奴らのせいで脅かされていると言っても過言ではなく、とは言え警備の人数を増やすにも街道は広く遠く……あ!」
ロッホは自分が報告をしているつもりが現状の批判じみたことを口にした事に気付く。
「構わない。警備隊の人員が少ない事とそれを広域に展開すれば薄まると言う事も承知している。ただ今の生産力と経済力ではこれ以上兵士を増やす訳にもいかんのだ」
「は、ははっ、申し訳ございません!」
「ロッホ、別にお前を責めているのではない。逆にこの人員でよくやってくれていると礼を言いたいくらいだ」
「それこそ恐れ多い……」
「ゼロ、警備隊が頑張ってくれていても盗賊団の横行を許してしまっている状態じゃあロッホも素直に喜べないでしょ」
小さくなってうなだれるロッホをルシルがフォローする。
人の上に立つ者というのは、責めてもいけないし褒めてもいけないとなると、さじ加減が難しい。
「これでは商人も安心して交易に励む事ができないな。護衛を付けるにしても限度というものがある。受け身になっていては埒が明かないだろう」
「じゃあどうするの?」
ルシルが少し期待するような顔を俺に見せる。
「そうだな……大臣、大臣はいるか!」
俺は控えの間にいるであろう大臣を呼びつけた。
「なによゼロ君、あたし大臣なんて柄じゃないからそんなの引き受けたくないのにって言ったでしょう?」
ドアを開けて入ってきたのは細身のスパッツに上半身裸で外套だけを羽織っている姿のピカトリスだ。
「なら暫定大臣代理候補のピカトリス」
「なによその長ったらしくて面倒くさい呼び方。もう大臣でいいわよ大臣で! で、あたしを呼んだって事はもしかしてゼロ君」
「俺の考えが読めるのか?」
「どうせ宮殿の面倒を見ろって言うんでしょ?」
「お、よく判ったな。何かあったら遠隔投影で知らせてくれればいい」
ピカトリスは口調こそ女性のようだが性別は男だ。
人革の魔導書を持つ錬金術師であり死霊魔術師でもある男だ。
長い時を生きる変態だ。
エイブモズの町での騒ぎから逃亡したピカトリスを俺が見つけて飼い殺しに、いやレイヌール宮殿に呼んだのだった。
「ちょっとゼロ君、何か今変な事考えていたでしょ!?」
「さあ」
「でもいいわ。そうね、町の事なら任せなさい。あたしがきっちり見てあげるから」
「そうか、それは助かる」
俺とピカトリスの会話を聞いてルシルが心配そうに尋ねる。
「ねえゼロ、こいつで大丈夫かなあ。帰ったらみんな動く死体になっていたら洒落になんないよ」
「ルシルちゃん、あたし心を入れ替えて……ルシルちゃんは魂を入れ替えてだけどね! じゃなくて今はちゃんとした使用済みの死体でしか研究していないから安心してよ。この町は珍しい品々も手に入るから交易を妨げる要素は排除してもらいたいんだけどね、それをゼロ君がやってくれるならあたしはお留守番をしているわ~」
しなを作ってピカトリスがルシルに認められようとしている。
研究者としては行き過ぎなところもあるが政治力はそれなりに高い物を持っていて、俺が領土を持ってから何度か町を治めさせてみた事もあるし、その時の事はあまり思い出したくもないのだが結果としてはうまくいったと考えられなくもないからな、今回も大丈夫だろう。
「ゼロが指名するならいいけどさ」
ピカトリスは万人受けするような奴ではないから、そこが難点と言えば難点だが。
「まあそう言うなよルシル。ロッホも補佐をしてくれるし今のところ町は安定しているからな」
「はい! 町の治安はお任せください!」
ロッホは自分が領主から直々に指示を受ける事に喜びを感じているようだ。
「と言う事でゼロ君、熊退治に行くんでしょう?」
話を盗み聞きしていたのか俺の考えを読んだのか、ピカトリスの奴は抜け目がない。
「そうだ。奴らの根城を叩いてくる。頭を潰せば雲散霧消するだろう」
俺は刀掛台から覚醒剣グラディエイトを取ると腰に差してドアを開けた。