詠唱開始
岩の棘が俺に向かって飛んでくる。
「旋回横連斬!」
剣を高速回転させながら棘を払い落とす。旋回横連斬は攻防一体の剣技だ、俺はそのままレイラへと向かっていく。
弾いた岩の欠片が飛び散り周囲にいる信者へと突き刺さる。
「大司教! 詠唱を始めろ!」
レイラが教団の大司教へ命令すると、大司教は教団の幹部や信者たちに指示を伝えた。
混乱する信者たちが徐々に役割を思い出す。
幹部たちが詠唱を始め、それに続いて信者たちが祈りを捧げると、教会の広間に祈りの声が響き渡った。
「あああっ!」
ルシルが意識の無いまま叫び声を上げる。
詠唱と共に膨大な魔力がルシルへと注がれ始めた。
「祭壇ではないので効率は悪い上に器への負荷もかかるが、それでも降帝の儀がこれより始まるのだ!」
レイラが大音声で歓喜する。
「レイラ様、我らはどうすれば……」
「バーガルよ、そなたも魔族を束ねる王であろう! 星帝を降臨させるまでの時間稼ぎを行え! 我はこの勇者気取りの義兄上を相手せねばならぬからな!」
「はっ、はいっ!」
バーガルは魔族の兵士たちを使って門を固めた。
「これでこの部屋の者たちを外へは出しませんぞ、星帝の巫女よ!」
「よろしい」
星帝の巫女と呼ばれたレイラが途切れることなく俺に向けて岩の棘を放ち続ける。
「どうした義兄上、これしきのことで動きが鈍るとはな。それとも背後にいる姉上たちが気がかりで我を攻撃できないのか?」
図星だ。ルシルは変わらず大声を上げて苦しんでいる。
俺がレイラを倒すことは造作もないはず。だがその一瞬でこの棘の雨を一本も漏らさずにいられるかと言われると少々自信がない。
「この岩の棘は魔力で生成された物質だが、魔力そのものは帯びていない。だとすれば……」
「ほう、義兄上は何か策がおありのようだ」
「策と言う程のものではないが……SSSランクスキル円の聖櫃! この壁は突破できまい!」
俺は円の聖櫃を発動させる。対物防御であれば無類の強度を誇るスキルだ。
「ほほう、しかもそれを自分にではなく姉上にかけるとはな!」
「これであれば数発後ろに漏らしたとしても防壁が守ってくれるからな、その間に……Sランクスキル超加速走駆発動!」
俺は岩の棘を払いつつ超加速走駆でレイラとの間合いを一瞬で詰める。
「きゃんっ!」
後ろでカインの悲鳴が聞こえた。
「なっ!」
カインが円の聖櫃の中で腕に怪我を負っている。
その他にも数人の女の子たちが血を流して倒れていた。
「義兄上ぇ、義兄上のスキルは流石勇者というものだが、だがこのスキルは物質に対しては完全防御となり得るとしても、純粋な魔力矢弾が含まれていたら……それは通過してしまうよなあ?」
また俺はルシルとレイラの間に入り、飛翔する物質を剣で弾き飛ばす。
覚醒剣グラディエイトは俺が魔力を注入することで対魔法武器にもなる。岩の棘の合間に含まれる魔力矢弾も霧散させることができた。
「あれだけ無数の物理を生成する合間に魔力矢弾も含めるとは器用な真似を……。俺に向けては物質しか生成していなかったということか」
「その通りさ。それくらいの魔力操作は魔術師にとって初歩の初歩。魔力矢弾であればこういう芸当も見せることができるぞ!」
レイラは俺への攻撃を続けながら、左手を真横へ伸ばす。
「魔力投鞭!」
レイラの放った魔力の塊が鞭のようにしなり俺を迂回して後ろへと向かった。