瘴気の谷へ
俺とセシリアは北へと進む。魔族の本拠地があるという瘴気の谷を目指して。
「いったいどういうところなんだろうな、瘴気の谷って」
「勇者ゼロは何か情報を持っていないのか?」
「魔族がいるというくらいしか。セシリアこそ魔族に襲われたんだろう? 何か手がかりになるようなものはないか?」
歩きながらもお互いの情報を交換する。セシリアには襲撃された時の事を教えてもらっていた。
「魔族といってもオークだったしな。一団を指揮していた奴は巣穴にいなかったようだから、また別の部隊を率いているのかそれとも魔族の本拠地に捕虜を移送しているのか」
「確かに巣穴にはそれ程強敵というような奴はいなかったし、強そうな奴も見なかったな。大人数を指揮するとなるとそれなりに能力がないと難しいだろう」
「ああ。俺もそう思うんだ。でも好材料なのはシルヴィアもカインも殺されたという情報は入ってこない事だ」
シルヴィアはともかく弟のカインが無事というのも考えにくい。なにせオークどもは初潮を経験した処女だけを集めていたという事だから。
だがその事についてはセシリアに聞いていた。今はそれに賭けるしかない。
「襲撃を受けた時、カインは猫耳娘の状態に身体変化していたんだよな? 猫耳娘だったら男ではないから……」
俺は今まで聴かなかったことを改めて尋ねてみた。
「そこは大丈夫だと思う。俺たちが襲われた時は星々の輝きもまぶしい夜中のことだったんだ。当然月も出ていた」
「でもカインは月の光がなくなると元の人間の男の子に戻ってしまうのだろう? 捕らえられてから男に戻ってしまったら……」
「それがそうでもないらしいんだ。なんでも自分である程度調整ができるとかなんとか言っていたな」
エイブモズの町で動く死体の治療をした後だろうか。あの時はまだ月の光で身体変化していたが、そこから何か変わったのかもしれない。
「身体が変異して抗体ができたとか、動く死体に感染して猫族の獣人の能力に影響が出たのかもしれない。それがいい方向に行ってくれればいいのだが……」
こればかりは本人の状況を見ない限りはなんとも言えないが、確認するためにもまずは救い出さなくてはならない。
ただルシルはどうなのだろうか。俺の妹のアリアの身体に魔王としてのルシルの魂を定着させているところだが、魔王の頃のルシルの複製人間であるアリアの身体自体はまだ成長段階だ。
まだ生理も来ていない。俺の知る限りでは。
「まだ大人になっていない身体だとバーガルは求めていないとすればルシルは……」
俺は悪い想像を払拭するように首を振った。
気が付けば辺りは岩が多めの山岳地帯になっている。
「標高はそれ程なさそうだが、植物がまったく生えていないというのは……」
「瘴気の影響かな。どう思う勇者ゼロ」
「そうかも知れない。森林限界を過ぎている訳ではないし山を登っている感覚はないが、それでも少し息が苦しい」
「俺も同じだ。だとすると目的の場所は近そうだ」
徐々にだが空気の中に薄く魔力の影のような物が混じってきているようにも感じる。
「瘴気……か」
深呼吸した俺の肺が少し痛む。