檻の中の価値あるもの
檻になっている部屋に俺は入った。部屋の奥には人間の女の子が五人。その手前にオークが一人。鉄格子の外、廊下にはセシリアがいる。
「人間! よかった、人間がきてくれたぞ!」
オークの言葉は俺が予想していたものと違っていた。
「どういうこと、だ」
俺はそれでも戦闘態勢を崩さない。右手には覚醒剣グラディエイトを構え、左手には燃え盛るたいまつを持っている。
「そう怖い顔をするなよ人間、あたしゃ何もこの子たちを悪い目に遭わせたりはしないさ」
オークは女の子たちとは反対方向の壁によりかかった。
両手を開いて戦意のないことを示している。
「あたしゃこの子たちを連れて行くにはちょっとと思ったんでね、人間が来てくれて助かったよ!」
「どういうことだ、話が見えない」
俺はそう言いながらも奥にいる五人の女の子に近付いてたいまつの明かりで顔を確かめた。
鉄格子の外からセシリアが話しかけてくる。
「シルヴィアとカインは?」
「いやこの中にはいない……」
ここには捕らわれていないのか、シルヴィアもカインもこの五人の中にはいなかった。
「この子たちは近くの村からさらってきたり旅人の一行から奪ってきた女の子たちだよ」
オークが説明をする。どうやらこのオークも女性のようだ。
よくよく見ると、このオークは他のオークと違って豚っぽさが薄い気もした。なんだろうかこの違和感は。
「あたしゃハーフオークのカシノ。この子たちを助けに来た」
「ハーフオーク? オークオークした顔ではないのはそのせいか」
「なんだ人間、そんなにハーフオークが珍しいか?」
混乱の中ではオークに襲われた時の私生子ができることも多いが、この娘もそういった混血種なのだろうか。
「あーっ! 人間、その哀れみの目はなんだ! お前勘違いしているぞ! あたしゃ人間の父親とオークの母親の間に生まれたハーフオークだ。父ちゃんの熱烈な求愛に母ちゃんが応えて生まれた愛の結晶なんだぞ! そんなかわいそうな者を見るような目をするな!」
「あ、すまん、そういうつもりはなかったのだが」
「いっつもそう言う目で見る奴がいるから判るんだ! ハーフオークだからって勝手に不幸な生まれと思うなよなっ!」
ハーフオークの少女カシノは俺の臑を思いっきり蹴っ飛ばす。
「これは俺が悪かった、素直に謝る。だが見たところお前もここに暮らすオークだろう? 人間を助けて大丈夫なのか?」
「もうあたしゃこのやり方が我慢できないんだよ! バーガルとか言う奴が急に出てきて、初潮を迎えた処女を集めてこい、それも人間のだぞって命令してきやがってさ! ハーフオークは駄目だと言ってきやがんの! あたしゃこのかた一度もまぐわったことがない純粋な処女だってのにさ、生理だって来てんのに! オークの血は魔が濃いから駄目だとかで、キーッ! 悔しい!」
カシノは一気にまくし立てると一息ついた。
その間セシリアが女の子たちに着ていた外套や持っていた毛布などをかけてやっている。
「あの魔王気取りの畜生に仕返ししてやりたいってんで、こうやって捧げ物を逃がしちゃおうって思ったんだよ」
「それで扉を開けていたのか」
「そうさ、元々あたしゃらはこの地でのんびり暮らしていた部族だったんだ。それこそオークと人間が恋をすることもできて、まあかなり差別はあるけどそれでも殺されずにハーフオークが生きるくらいはできる部族だったんだよ」
カシノはきつく唇を噛みしめた。
「それがあの魔王気取りが来てからだ。この辺りを魔族で統一するんだとか言ってさ、その魔力を高めるのに生け贄がいるとか言ってさ、族長だった母ちゃんや長老たちを殺しちゃったんだよ! 言うこと聴かないとこうだぞ、って!」
「それは酷い……」
「でもそれだってうまくはいかないよ。人をさらえば仕返しにやられる時だってある。こうやって助けに来るような奴もやってくる。だから力と恐怖で支配しようとしているバーガルと手を切ろうとしていたんだけど、今の族長はバーガルと戦おうとしない腑抜けたフニャチン野郎でさ!」
興奮したカシノは一気に不満をぶちまけてきた。
「あたしゃ一人じゃ部族を変えられないし、人間を逃がしたなんて知られたら殺されちゃうだろうけどさ、それでもこのままバーガルの手下で死ぬよりはましだと思ったんだよ!」
「おいおいあまり大きな声を上げるなよ。じゃないと……ほらな」
廊下から駆け寄ってくる数人の足音が聞こえる。
「面倒な事になるって言おうとしたが、遅かったようだな」
俺はため息をつきながら廊下に出た。