焼き払われた妖魔の森
「すごい! こんなに高く!」
俺はセシリアと共にウィブの背に乗っている。
セシリアは子供のようにはしゃいでいた。
「こらあんまり身を乗り出すな、落ちたら危ないだろう」
「そう思うのだったらもっと俺の事をしっかり捕まえておくんだな」
「なんだかお前が言うと意味深長な気がするが……」
「そうか? 俺が言うのもなんだが俺はいい嫁になるぞ。だからしっかり捕まえておけというのだよ。貴族の令嬢としてのたしなみや礼儀作法、商人ギルドの副ギルド長を務める手腕、そしてこのレイピアの腕だ」
セシリアが俺の腰に手を回してしがみつく。甘い香りと女性特有の柔らかさが俺に伝わってくる。
「胸だって結構大きいが馬鹿でかい程ではない節度のある大きさだ。婿殿も見たからそれは知っているだろう?」
いたずらっぽく笑う目がなんだか俺を試しているみたいで怖い。
「あ、あれはだな、胸に矢が刺さって、緊急事態でな、それにほらお前も男装していたからな、女だとは思わなかったから服をだな……」
「もちろん不可抗力だという事は理解しているさ。それに必要があれば医師などには裸体を見せる事もある」
「な、なら俺も……」
「それはしきたりに従ってもらうとするよ」
「しきたりって言ってもそれはお前の家の問題であって」
「しきたりは徐々に覚えてくれたらいいさ」
「そ、それよりだな、周りをよく見てくれ。どこでオークやルシルをさらった魔族の痕跡があるか探さなくては!」
俺は慌てて会話を終わらせる。
そしてルシルが魔族に捕らわれている事、バーガルという魔族の王がその魔族を束ねているであろう事を伝えた。
この近辺の魔族で勢力がそれなりにあるのはバーガルの治める国らしい。そこにオークどもがいるとすれば、シルヴィアたちもそこにいるかもしれない。
そうして俺たちは北へ向かい、魔族のいる瘴気の谷を探す。
「勇者ゼロ」
セシリアが真面目な表情で俺の横から顔を覗かせる。
「なんだ?」
「下に焼けた森が広がっているな。ここまで大規模な山火事というのも珍しいと思うのだが」
確かに先程とは打って変わって眼下には焼け焦げた木々が無残にも広がる荒れた土地が広がっていた。
木や動物の焦げる臭いが鼻をつく。立ち上る煙がそこかしこに見える。
「まだ火が消えていない木もあるのか……これでは妖魔の集団は住めないのも道理。マルガリータ王国へ攻めてきた妖魔たちは戦闘を覚悟した者たちだろうが、残された非戦闘員たちはたまらないだろう」
「さっき聞いた妖魔っていうのが棲んでいた森というのがここなんだね」
「ああ」
息絶えたか逃げ延びたか、いずれにしてもここに妖魔たちの気配は無い。
「のう勇者……」
「どうしたウィブ」
「人間も魔族も妖魔を殺し蹂躙した。その違いがどこにどれだけあるかのう……」
ウィブの問いに俺は言葉を失った。
それでも絞り出したのは、俺の本心だ。
「俺は性格や行動に好き嫌いはあるし敵にまで友好的にするつもりもない。だが生まれや種族で差別されたり不利益を被ったりという事は違うと思っている。スライムにだっていい奴はいるかもしれない」
「でもさ勇者ゼロ、スライムと一緒だと消化されちゃうだろ? どうすんのさ」
俺の会話にセシリアが割り込んでくる。
「その時は暮らし方を考えるさ。お互いがなるべく無理をしなくとも生活できる環境を、さ」
「ふぅん……。なら俺とも一緒に暮らす方法を考えようか」
それは無理がありすぎるだろう、そう言いかけて飲み込んだ。