襲われた隊商
セシリアはここへ来た経緯を説明し始めた。
「俺も副ギルド長だからな、遠方の国の商人ギルドとの交易を行う話などにはギルド長に代わって交渉をしに行ったりもするのだが、今回ばかりはすんなり終わらなくて……」
セシリアは自分の事を俺と呼ぶ。初めて会った頃は男装の麗人で商人ギルドに所属する店の見回りをしていたものだった。
そのセシリアが腰に挿したレイピアに手を添える。
「これもだいぶ活躍してくれはしたのだが、いかんせん相手は雲霞のごとく襲いかかってきてな。隊商の皆も散り散りになって逃げたのだが、そのあと無事でいてくれたらと祈るばかりだよ」
「いったい何に襲われたんだ?」
俺の質問にセシリアが一度咳払いをした。
「魔族の集団と言うべきかな」
「魔族、だと」
「そうだ。オークの群れ、いやあの統率のとれた動きはもはや軍隊と言ってもいいだろう。中にはクラスの高そうなオークも数匹いたようだからな、それが指示していたのだろう。交渉用に持参した商品を狙っての事だったのか、お陰で荷馬車五台分の商品が奪われたよ」
「それはかなりの損失だな」
「まったくだよ。それよりも舌も頭も回る優秀な商人が何人も……」
俺の背筋に冷たいものが走った。
「まさかその中にシルヴィアとカインはいないだろうな」
俺の問いにセシリアがうなだれてしまう。
「すまない。護衛の兵も十人配置したのだが……俺がいても軍隊には勝てなかった……」
「くっ……」
俺は下唇を噛みしめる。シルヴィアは純粋な商人で戦闘は不得意だ。その弟のカインはまだ子供でもちろん戦闘には加われない。
カインは身体変化で月の光を浴びている間はワーキャットになる。その猫耳娘の状態では多少戦闘力が上がるものの、それでも突出して強い訳ではなく襲われた時間が夜でもなければその力も発揮できないのだ。
「シルヴィアたちがどこへ連れて行かれたかも……」
「……すまない」
「この辺りの魔族というのであれば瘴気の谷のバーガル王という奴が幅を利かせているらしいが、聞いた事はあるか?」
「バーガル! オークの奴らがバーガル王のために、とかつぶやいていたぞ」
「それだな。末端の兵士たちの慰み者になるとかではなければいいが……。そのオークどもの拠点に目星でも付けていれば」
「そこは商人の情報収集能力を活かすところだな。いくつか怪しいところは調べているのだが……その矢先にあの熊に襲われてしまってね」
「そうか、お前もただやられっぱなしではいないと言う事だな」
「当然だ。俺にはそれくらいしかできないから……」
俺はセシリアをそっと抱きしめる。
「ひゃんっ」
家のしきたりとは言え男勝りの態度を取ってもそこは年頃の女の子だ。女の子特有の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
「今までよく頑張ってくれた。それにシルヴィアたちの事もよく知らせてくれた。セシリアがこうして教えてくれなければそれにすら気付く事ができなかったぞ」
「婿殿……」
セシリアが俺の背中に腕を回してしがみつく。
柔らかな胸の膨らみが押しつけられて形が潰れる。
俺はなるべく慌てた様子を見せないようにしてセシリアの肩をつかんで身体を離した。
「少し体制を整えたらシルヴィアたちを探しに行こう」
「うん」
「目指すは瘴気の谷だな」