押しかけ女房
「俺だ、モンデール伯が娘セシリアだ。忘れたとは言わせぬぞ勇者ゼロ!」
そいつは立ち上がって身体に付いた砂埃を払う。
埃にまみれて汚れていたが、それでも端整な顔立ちは品の良さを感じさせる。
男の格好はしているが、大きな胸の膨らみが女性である事を強調していた。
「お前は揉み子!」
「揉み子って言うな! それどころではないぞ勇者ゼロ、あの獣をどうにかしないと……それに横目で見ただけだがワイバーンらしき影も俺に向かってきていたのだぞ!」
「ああそれは心配いらない」
「心配って……おい後ろ!」
セシリアの言葉を聞くまでもない。俺の背後に迫ってきた獣の影が夕日の光をさえぎる。
影になった事で相手がどの辺りにいてどれくらいの距離にいるのか感覚で判った。
「普通の三倍はある巨大熊だぞ!」
「それくらいなら訳もない、SSランクスキル豪炎の爆撃!」
俺は背後に手のひらを向ける。俺の手から爆炎が弾けてそれに巻き込まれた巨大熊がバラバラになって吹き飛ぶ。
「な、なんて強さだ……勇者ゼロの戦いを久し振りに見たが……いや、これでは戦いにすらならないな」
セシリアは呆けたように俺の攻撃を見ていた。
そこへ風が吹いてセシリアが頭上を見上げる。
「勇者ゼロ! ワイバーンが上空に……!」
うわずった声でセシリアが後ずさった。
「心配いらないぞセシリア」
「ど、どういうこと?」
ウィブが地上に降りて広げていた羽を畳む。
「ほほう人間の雌とはまたうまそうだのう」
「ひっ……!」
怯えるセシリアを見て俺はウィブの頭を拳で殴る。
「馬鹿者、冗談にならんぞ」
「す、すまん勇者……」
ウィブは小さくなってすまなそうに俺たちを見た。
「説明しよう、こいつはワイバーンのウィブ。俺と共に旅をしている仲間だ」
「儂がウィブだ。よろしくな娘よ」
「ど、どうも……」
「ウィブ、こっちの女性がセシリア。城塞都市ガレイの商人ギルド、そこの副ギルド長だ。俺が国を追われている時にいろいろと助けてもらったのだ」
俺はセシリアとウィブをそれぞれ紹介する。
今更ながら考えてみると、ガレイの町などではかなり助けられたものだ。
「ともかくだ、セシリアお前なんでこんな所で熊になんかに追われていたんだ?」
「そ、それは決まっているだろう。婿殿を世界中探し回っていたのだよ」
「ほえっ?」
「それはそうだろう、俺の婿殿となる御仁がいつまでも家に戻らないのでな、心配して探しに来たという訳だ」
セシリアの話を聴いてウィブも面白そうに喉を鳴らす。
「ほほう、勇者も妻帯者であったか。隅に置けんのう」
「俺は結婚なんてした覚えはないぞ!」
必死で否定するが、確かあの時……。
「俺の裸を見たからには責任を取って嫁にしてもらうというモンデール伯爵家のしきたりでな」
そんな事も言っていたのは覚えているが。
「それで俺を探しにこんなところへ……?」
神妙に訊く俺に対してセシリアは小さく舌を出した。
「冗談だよ勇者ゼロ。俺がこの地へ来たのはまた別の用事なのだよ」