捕らわれたルシル
櫓の中の炎が徐々に収まっていく。
「炎を操っていた魔族が死んだからか魔力の供給を絶たれて炎が弱まったと見える。あとは延焼した炎だけだが……これくらいであればどうということもあるまい」
俺は瓦礫の隙間を確認しながら階段を降りていった。
「しまったな、最後に聴いておけばよかったか。ルシルがどこへ連れて行かれたのか。北……そんな気はするが」
俺が階段を降りきって地上に出たところで俺の頭に念波が送られてきた。
「思念伝達……ルシルか!?」
念話で俺に連絡を取ってきた訳だ。
「す、すみません……ゼロさん。マージュです」
ララバイと共にいた魔法使いの少女だ。
「マージュか。ルシルが連れ去られた。何か知らないか!?」
思念だけで送れば伝わるのだが、つい声に出してしまう。
「もう一人、魔族が現れて……」
「炎を操る奴なら倒したぞ」
「その後にです……すみません」
「いちいち謝らなくともよい。情報を正しく簡潔に伝えろ」
謝る度に話の腰を折られてはなかなか進まない。
「す、すみません!」
「そうか、思念伝達を使っているという事は俺の考えている内容も伝わっている訳か。すまない、これは俺が悪かった。つい焦ってしまった」
「いえ、いいんです」
思念伝達で会話する難しさというのはなかなか大変だな。
「それで、お前は無事なのか?」
俺は一呼吸入れてからマージュに尋ねる。
「はい、私はどうにか……。ララバイさん、様が地下牢に避難しろと言うので」
「地下牢にいるのか」
「ええ。ここであれば逃亡ができない分、外からも簡単には入ってこれないようで」
なるほどな。逃げられないように頑丈な造りにしていた事が逆に逃げ込むのに適していたという事か。
「よし、今から向かう。少し待っていろ」
俺は地上から今度は地下への階段へ向かう。
「地下は全体的に火があまり来ていなかったようだな」
炎は上へと延びていく。そのせいか地下の階段を進めば進む程、室温も下がっていく。
「ところどころ瓦礫がある。戦闘は行われたのか……おい、ララバイ、ララバイか!」
俺は階段の下、地下牢の入り口に倒れている人影に駆け寄る。
「ゼ……ゼロさん」
「どうしたその傷は」
ララバイは地下牢の扉にもたれかかるようにして倒れていた。
扉を開けられないように、自らの身体で蓋をして。
その旨は血で真っ赤に染まっていた。
「水……切られてしまいました」
言葉と共に血が口から溢れる。
「少し待っていろ……Sランクスキル、重篤治癒。かの者の傷を癒やせ……」
俺の両手から温かな光がララバイに注がれた。
ララバイの呼吸が落ち着いたものになる。
「ありが、とう……ございます」
「いい。それよりも端で横になれ。もうこちらは安全だ。扉の向こうはマージュがいるのだな?」
ララバイは俺の問いにうなずいて応えた。
「よし」
俺はララバイを廊下の端で寝かせる。
地下牢の扉を開けると、そこにはマージュが心配そうな顔つきで立っていた。
「ゼロさん! ララバイ様!」
マージュはララバイに駆け寄ると、俺のスキルでは治りきらない傷の手当てを始める。
「マージュそのままでいいから答えてくれ」
「はいルシルさんの事ですね。この地下牢の扉での戦いの時、私はララバイ様と思念伝達でつながっていました。あの戦いではララバイ様は水を操る魔族と戦っていました」
「水、だと」
「ララバイ様のこの傷も、水をものすごい高圧で浴びせかけたものだとか……」
「水が身体を切るとは……。にわかには信じがたいがそれが本当だとしたらとんでもない力だな」
「はい……」
マージュがララバイの看護をしながら当時の状況を説明してくれる。
「ルシルさんは、その水の魔族に連れ去れれたようなのです」
「連れ去られた……。北にある瘴気の谷だったりするか」
「はい、よくご存じで。そこにいるバーガル王への献上品にと話しているのが聞こえました」
水の魔族と瘴気の谷。ルシルへの手がかりはそこからだ。