燃え上がる櫓
俺はワイバーンのウィブに乗って元来た道を急いで戻る。
「櫓が炎に巻かれて……遠くからでも目立つのう」
「だからこそ急がなければ。ルシル、ルシル。返事をしろ!」
俺は思念伝達が使えない。ルシルが俺に話しかけてくれないと離れて会話をする手段がないのだ。
「どうかのう勇者、あの嬢ちゃんからの念話は」
「さっき途切れてから返事がない」
「心配だのう」
ウィブはのんびりとした口調と違い全速力で飛んでくれているのが判る。
それでも俺は少しでも早く櫓に着きたい気持ちが抑えきれず、剣を抜いたまま握りしめていた。
「どうする勇者、巨人の時みたいにまた上空から行こうかのう」
「あれだけの炎だ、気流も乱れているだろうがうまく飛べるか?」
「なあに心配には及ばん、それくらいは火山でも飛んで見せた儂の飛行能力を信じてもらって構わんからのう」
ウィブの言葉に勇気づけられた俺は、礼とばかりにウィブの首筋を軽くなでる。
「ほっほ、それはまたこそばゆいというか、気持ちよいというか。なんとも言えんのう」
「そうか。無事に終わったらもっとなでてやろう」
「それは楽しみだのう! さあ、そろそろ着くぞ、用意はできておるかのう」
「言われなくとも万全だ!」
「よし、行ってくるのだ! 嬢ちゃんの事は頼んだからのう!」
「任せろ!」
俺は炎が舞い上がる櫓の上に向かってウィブの背中から飛び降りた。
炎の熱風に煽られて俺を降ろしたウィブが高く舞い上がる。
「ウィブ、ありがとう……」
俺は飛び去るウィブが無事に上昇気流から逃れられる事を信じて櫓へと落ちていく。
「この熱、かなりのものだろう」
俺には常時発動しているSSSランクスキルの温度変化無効がある。高温も冷気もダメージは受けないが、肌をなめる炎の風が周囲にかなりの熱量をまき散らしている事は判る。
「衣服は耐熱ではないからな、燃え移らないように気をつけなければ」
俺は天井の破壊された櫓の一部屋に飛び降りた。
その衝撃で床が抜ける。
「炎にあぶられて床がもろくなっていたか!」
石を積み上げて建てた櫓とはいえこれだけの高温にさらされていては、もろいところもできるというもの。よく見れば壁の至る所に焼けて真っ赤になった部分がある。
「これでは中にいる者が……」
俺は不吉な事を払いのけるように頭を振って意識をはっきりとさせた。
「この階に人のいた形跡はなさそうだ。ルシル、頼むから思念伝達をかけてくれ!」
櫓の中には柱や梁など木材も使われている。これが燃え落ちて櫓を支えきれなくなっているのだろう。
「戸棚や机なども燃えてはいるが、やはりこの火の付き方、魔法だな」
石でできた階段を下っていく。辺りに気を配りながら生存者がいないかを確認する。
「ルシル、応えてくれルシル!」
叫ぶと熱風が肺に入ってくる。熱さは感じないが普通の生き物であればこれで肺が焼かれて呼吸困難になるだろう。
「おやおやおや、まだ人が残っていたのかいな」
この燃えさかる炎の中でもまったく意に介する様子のない女の声が耳に入ってきた。
「なんだいこのダムダム様の炎の中でも平気で動ける奴がいたなんてね、おやおやおや」
「ダムダム、だと。お前、バーガル親衛隊の一人か」
まだ連絡の取れていた頃にルシルが教えてくれた名前だ。
「おやおやおや、このダムダム様を知っているとは、さてはお主……」
女が炎の中から現れた。
「魔王殺しのゼロ、だねぇ?」