植林した森への避難
城郭から出た俺たちの前には、戦の後の生々しい傷跡が残る草原が広がっていた。
火矢や炎系魔法で焼けた大地、陥没した爆発跡。そして戦闘で倒れた兵や妖魔の死体がそこかしこに転がっていた。
「まだ埋葬も終わっていない時にまた妖魔たちが向かってくるとは思わなかったが……」
ララバイは迫ってくる妖魔の群れに対抗しようと個々に戦っている王国の兵士たちを見つけては城へ戻るように命令する。
「殲滅戦に移行してから兵たちの統率が取れていないようだな」
俺がララバイに釘を刺す。
これは先王の時代において兵たちが行っている行動だ。ララバイのせいではないのだが今後の課題として認識してもらえればいい。
「妖魔からは希少な素材が採れたりするのです。そのために乱獲をする魔術師たちもいると聞きますが……」
悲しそうな顔をしてマージュが教えてくれる。
「なるほどな、変化した者であれば、通常では生成されない物もあったりするのだろうな。だが、だからといってそのために命を奪うというのはあまり感心しないな」
「そうですよね、私も魔術を扱う者としてそうした者たちは許せません!」
マージュは少し興奮気味に悪徳魔術師の行いを非難していた。
「どうやらマルガリータ王国には魔術師や魔法使いの類いは早々いなさそうだが、素材のために妖魔たちを傷つけるような奴が以内とも限らない。そんな事がないよう早く交渉をしなければな」
「はい!」
「ゼロ、一人妖魔が近付いてくるよ」
ルシルの指摘で意識を妖魔に向ける。
「やっぱり……」
「どうしたルシル」
「思念伝達で聞いてみたんだけど、彼らは戦う気がないって。それどころか森が焼き払われてそこから逃げてきたって。それに……」
「ふむ、見たところこの妖魔は戦闘向きではなさそうだな」
「そうなのよ」
近付いてくる妖魔は武器も持たず防具らしい防具も身に着けていない。裸に近いくらいのぼろきれを身体に巻いている程度だった。
「その襲ってきた魔族というのは、妖魔の素材も狙ってという事ではないか? ルシル、聞いてみてくれ」
「うん……」
ルシルは念話で妖魔と意思疎通を行う。
俺はその間にララバイへ話しかけた。
「どうだろう、妖魔たちが逃げてきたとした場合に住まわせる場所は確保できるだろうか」
「正直難しいですね。保護区という事で森を保全する事はできると思いますが……南に林業のために植林した森があります。そこであれば人の手が加わった森ですので、そこに棲んでいる妖魔はいないと思いますが、それで一時的にもしのげるのであれば……」
「人工の森か……妖魔たちには棲みにくいかもしれないが、贅沢は言っていられないだろうな。元の森には戻れないとすれば、だが」
「ええ……」
ララバイと話をしている俺の袖をルシルがつまんで引っ張る。
「あのね、ゼロが言っていたように、魔族の集団は土地を奪う事と妖魔から希少な魔術素材を奪い取るために攻めてきたみたい」
「そうか……。ララバイ、戦闘は厳禁として兵たちに妖魔の保護を依頼したい。部隊長には簡単な妖魔の言葉を覚えてもらい、その人工の森にひとまず退避してもらうように頼みたいのだが」
「はい、すぐにでも兵たちに指示をしましょう。マージュさん、妖魔の言葉をいくつか教えてください。味方、戦わない、森に案内する、といった辺りの言葉を」
「判りました。羊皮紙に書き記して部隊長さんたちにお渡しできるようにします」
「助かる。なるべく平易な文字で書いてもらえると助かる。文字を読める者もそう多くはないのでな」
少しばつの悪そうな顔で説明するララバイに、マージュはうなずいて応えた。
「そうと決まればなるべく妖魔たちにこれ以上犠牲者を出さずに……」
俺がそう話している途中だった。
草原の遙か遠くで落雷が発生した。それも一つや二つではなく、雷の雨と言ってもいいくらいに。
「空は雲一つない晴れなのに……」
ルシルの言葉が俺たちに緊張をもたらした。