再襲撃
俺は横たわった森の妖精の身体に首を戻す。
屈んで切断面に手を当てる。
「簡易治癒……。生体反応は無いがこれで少しは姿だけでも戻ってくれたらいいのだが。まあ、俺がやっておいて何だがな」
治癒魔法は命ある者に効果がある。だが、細胞が部分的にでも生きていれば、あるいは。
俺のそばに妖魔の一人が近付いてくる。
思った通り、その顔には悔しさと怒りと俺に対する恨みのこもった皺が刻まれていた。
「済まないが森の妖精の身体を元の森へ連れて行ってもらえないだろうか。俺はここを立ち去るから後は好きにするといい」
俺は立ち上がると妖魔の返事を聞かずに城郭へと歩き始める。
「くっ……。お前の事は生涯忘れん! 勇者ゼロ、お前の事だけは!」
俺の背中に恨み言が浴びせられた。その声は涙に震えているのが判る。
俺はそんな妖魔の声をあえて無視して、遠くに見える城郭を眺めた。
「そろそろ妖魔たちが退却をし始めているだろうか」
勝負が付いてからすぐに生き残った近侍の妖魔から撤退の命が下り、それによって妖魔たちの無秩序な撤退戦が始まったのだ。
「マルガリータの者たちも追撃までする余力は無いだろうが」
だが俺の中に違和感が芽生えていた。
津波の前の引き潮のように、妖魔たちは一度退く様子を見せたのだが。
「どうやら城郭は持ちこたえられたようだな」
俺がマルガリータ王国の城郭にたどり着くと、城壁のあちらこちらにほころびは見えるが妖魔たちの大規模な侵入は許していない様子だった。
「ゼロ!」
俺が正面口の門をくぐろうとしたところでルシルが走ってきた。
「ルシル、無事でよかった」
「心配したんだからね! ゼロ……」
ルシルが俺に飛びつき、声をぐずらせる。
飛びついてきたルシルを優しく抱きしめると、汗と埃の中にあってもルシルの匂いが俺に届いた。
この女の子特有の匂いが、戦いに疲れた俺を安心させる。
「ルシル、済まなかったな。見ての通り俺は元気だ。な?」
ルシルは涙目になって俺を見上げた。
「だから泣くなよ……」
「うん……。やられないとは思っていたけどさ、でも目の前にいないと不安になって。万が一っていう事もあるかもって思っちゃうと……」
俺は指でそっと涙を拭ってみせる。
「大丈夫だって。俺の強さは十分知っているだろう?」
「そうだけどさ、理屈じゃないんだよ……」
「そんなもんか……」
俺はゆっくりとルシルの頭をなでた。
俺にしがみついているルシルの腕から少し力が抜けたような気がする。
「ゼロさん、お帰りなさい」
そんな俺たちの様子を見て、割り込む事が申し訳なさそうにララバイが話しかけてきた。
「ああ。どうにか城も持ちこたえられたようで何よりだよ」
「そんな、ゼロさんが正面の敵を切り崩してくれて、その上女王まで討ち果たしてくれたというので、それで助かったようなものです」
「そうか。妖魔たちには妖魔たちなりの正義があった。それを思うとこの戦も前の王が行った政策が引き起こした結果とも言えるだろうな。で、その先王はどうしている?」
先王はララバイの義父で、マルガリータ王国の国王だった男だ。
ララバイが王位を譲り受け、ノワール・ララバイ・マルグリットとして玉座に着いた事で、王位を譲った先王は権力の座からも退いた事になる。
「義父上は地下の居室にてお休みになっています」
「そうか。面倒な権力争いにならないよう気をつけておくのだな」
「はい。ですがそれよりもまずは国内の安寧と復興を進めませんと」
「確かにな。これからやる事が山積みだぞ」
「ええ、覚悟しています。吟遊詩人のララバイは、もうおしまいですね」
ララバイは少し寂しそうに笑った。
「おい、守備兵たちが騒いでいないか?」
俺は城門で見張りについている兵たちがざわめいている様子を見て、先程の違和感が現実になろうという事を察知する。
「陛下! 妖魔が、妖魔の集団がまた向かってきます!」