玉座に居座る暗愚
俺はララバイの肩をつかんで揺さぶる。
「お前は国を憂い義憤を感じているのだろうが、そうであるならばなぜ国を捨て己の身のみを守ろうとしたのだ!」
ララバイは驚いた様子で俺を見ていた。
「で、ですがゼロさん、私一人の力では……義父上から身を守るにはどうしても国にはいられず……冒険者に身をやつして宮殿から離れるしか」
「馬鹿者がぁ!」
俺は拳でララバイの頬を殴る。手加減はしたのだがララバイは吹き飛んで調度品の乗っているテーブルに突っ込んだ。花瓶が大理石の床に落ちて派手な音を立てる。
「腐った為政者の国などどのようになろうと知った事か! 王が暗愚であればそれに従っていた民衆もまた愚鈍である! 唯々諾々と悪政に従うをよしとするであればその弱さを突かれて滅ぶは道理、それを今になって正道にに戻そうなどと貴様一人で何ができるというのだ!」
ララバイは口の端から出た血を袖で拭う。
「愚かな王と共に滅びたいのであれば好きにするがいい! 王を廃して己が立つというのであればそれでもいいだろう! だが!」
俺はララバイの胸ぐらをつかんで引き起こす。
だがララバイの目は真っ直ぐ俺の方を向いていた。
「まずは己で決め己で行え! 今の王のやり方が誤っていると言うのであれば、こんな国でも守りたいと思うのであれば、貴様自ら立ち上がれ!」
俺はララバイを突き放すがララバイはもう倒れたりはしない。ふらつく足を踏ん張ってこらえていた。
「何を勝手にごちゃごちゃと言っとるんだ!」
玉座から立ち上がった王がわめき散らす。
「この儂の事も好き勝手言いおってからに!」
俺は王をにらみつけると王が怯んで玉座に尻餅をついた。
「この国の惨状を見るに貴様の治世がこのような結果を生んだは自明だろう? であればなぜ恋々とその地位に居座っているのだ。間もなく妖魔の軍勢がこの王宮にまで押し寄せてくるぞ。そうしたら貴様はどうするのだ? その脇にいる少女に王位を継がせて己は保身のために身を隠すか?」
「くっ、言わせておけば……! 衛兵、衛兵! この無礼者どもをたたっ斬れ! 国王侮辱罪で極刑じゃぁ!」
国王の近くにいた数人の兵士が抜き身の剣を構えてにじり寄ってくる。
「言っておくが俺はな……」
俺は腰の覚醒剣グラディエイトを抜き払う。
「無能な統治者は大嫌いでな、それに加担する奴にも容赦はしないぞ」
一度だけ剣を振り下ろすと衝撃波が発生して玉座脇の柱が斜めに裂けた。
「Sランクスキル剣撃波だ。お前らの力量がどれくらいかは判らないが俺に触れる事もできないまま死ぬぞ」
その俺の手にララバイが触れた。
「ゼロさん、私も覚悟ができました。王家に生まれた者として、まだこの国を守りたい気持ちがある事に気付かせてくれて感謝します」
ララバイは俺を制して玉座へ向かっていく。
「義父上、ここはこのノワール・マルグリット、いえノワール・ララバイ・マルグリットに王位をお譲りいただきます。まだ生き残っている国民を一人でも救い国を建て直します。そのためにも譲位の勅命を頂戴いたします」
ゆっくりと、しかし確かな一歩一歩が王に圧力を与える。
玉座へすがりつくように身をねじると、頭に乗せていた王冠が床に落ちて甲高い音を立てて転がった。
その足下に転がってきた王冠をララバイが拾う。
「地に落ちた王位と言えどもまだその力が残っているのであれば……」
ララバイは王冠を自分の頭の上に乗せる。
「これよりマルガリータ王国の全ての責は私が負おう! 国はまだ滅んでいない! これより残る戦力で打って出、一人でも多くの民を妖魔の手から救うのだ!」