勇者補正
もう一人の勇者とその一行は俺が勇者の称号を持っている者だという事に驚きを隠せないでいた。
「それでだ。折角助けた命だ、お前たちをこのまま逃がしてやってもいいのだが」
捕縛撚糸で身動きの取れない勇者のユーシュたちに近付く。
もう火山からは遠ざかったために直撃は無いが熱を帯びた火山灰は積もる程降り注いでくる。
「そこの自称勇者」
俺はユーシュに巻き付いている捕縛撚糸を引っ張る。ほどける訳ではなく単純につかまれて引きずられるだけだ。
「な、なんだよ!」
「おいおい、そんな口を利いていいのか? 恩着せがましい事を言う訳ではないがこうして命を永らえているのは誰のおかげだったかなあ」
十分恩着せがましい口調でユーシュに迫る。
「それが勇者を名乗る者の台詞か!」
「吠えるなあ。まあいいか、俺が聞きたいのは、お前が破邪の剣を持っていないかという事だ」
「破邪の……剣?」
ユーシュの眉毛が痙攣したかのように動いていた。
「そうだ破邪の剣だよ。魔を滅し邪を破る伝説の剣だ」
「さ、さあ、何の事かな?」
ユーシュの目が泳ぐ。
「ゼロ……」
ルシルが俺に耳打ちする。
「こいつ嘘をついているよ。目線が右上を向いていた」
「ああ、なんとなく俺もそう思ったよ」
俺は小声でルシルに話すと、今一度ユーシュに向き合う。
「それではその腰にぶら下げている短剣、それを預かろうか」
「なっ! やめっ!」
ユーシュの制止を気にせず俺は奴の腰にある短剣を抜き取る。
「これだなルシル」
俺の問いにルシルは身を震わせて応えた。
「そ、それが無いと僕は勇者として認められないんだ! 勇者の証なんだよ、返せよ!」
「やはりな」
俺は奪った短剣を宙に投げると落ちてきた所を、抜き払った覚醒剣グラディエイトで一閃する。
乾いた音を立てて地面に落ちた短剣は、刀身の真ん中から折れて刃先と柄の部分に分かれた。
「これか」
俺は柄の方を拾い上げ砕けた刃を取り去ると、柄の中に仕込まれていた小さい黒真珠を取り出す。
「これは減魔の黒真珠だ。ルシルは本能的にこの黒真珠の機能を恐れていたのだろう。山に入る時の気持ち悪さはこれだった訳だな」
俺は手にした黒真珠、減魔の黒真珠をルシルにみせる。物がそこに存在する事で理解ができたのだろう、ルシルも過剰な恐怖は感じなくなっていたようだ。
「そっか、ゼロもしかしてこれって……」
「ああ。今の過剰に生成されている魔力を抑える一つの手段として、これを使えないかと思ってな。本来であれば敵の魔力生成をこれで減衰させて戦いを有利に運ぼうという魔法の道具なのだが、その魔力生成を抑える機能を今のお前に使えば魔力の暴発は防げるのではないか」
俺は黒真珠の鈍い輝きとルシルの少し驚いたような困ったような顔を見比べる。
「もちろん少しは魔力が生成されるだろうから、それは魔晶石を使って吸収させたり低ランクの魔法で放出したりすれば、均衡は保てるのではないかな。どうだろうか、ルシル」
ユーシュが俺にすがりついてくる。縛られている状態で器用な事だ。
「それを持って行かれては僕は勇者の称号を剥奪されてしまう……。頼むから、退魔の印を、勇者の証を返して……お願いします……」
涙ながらに懇願するユーシュから身を離す。
「称号が何の役に立つ。他人からそう思われるだけの実力が無い者にとって、勇者という見せかけの姿がどれだけ意味を持つのだ」
俺は小さな袋に黒真珠を収めると、それをルシルに手渡しながらユーシュに向かって言葉を投げる。
「勇者と呼ばれたいのであれば実力でなる事だな。偽りの称号を特権のように扱うなど勇者の風上にも置けないぞ」
役目を果たさなくなった短剣の柄をユーシュの足下に転がす。
ユーシュは失った栄光へすがるようにして短剣の柄をつかむと胸に寄せて泣き始めた。
「まったく情けない! それでもマルガリータ王国の勇者様か!」
俺たちの頭上から威圧的な声が響く。