ドラゴンの卵
立ち上がったドラゴンの足下にある白い塊。丸みを帯びたいくつもの個体がまとまっていた。
「ゼロ、あれ卵だよ。ドラゴンの卵!」
「つがいともなると卵もできるか。生物の頂点に近いドラゴンともなると数百年に一匹でも生まれれば多い方だというのに、ざっと見たところでも三つはありそうだ」
ドラゴンの卵という物を見た事はなかったが、同時期に複数の卵となるとこれは異常なのかも知れない。
「人間どもよ、何用かな」
ドラゴンのくぐもった声が洞窟の広間に響く。
「俺たちがここにいる事は大分前から知覚していたのか」
「そうだとも。ファズバーンがお前たちと剣を交えている頃、いや、蜥蜴人間たちが騒ぎ始めた頃からか。お前たちの醜悪なる念波がこの私の眠りを妨げていたのでな」
ドラゴンは首を俺たちの方へ巡らせるとその口から小さな炎を覗かせた。
「人間どもが余計な真似をしてくれたおかげで……」
ドラゴンが卵をかばうようにしていたものが、急にその態度を変えたのか前脚で卵を蹴り出した。
金塊の山を転げ落ちる卵。
「な、何を……!」
ドラゴンの卵は俺たちの足に当たって止まる。そこには幾筋ものヒビが入っていた。
「う……これは生まれる……のか」
ヒビが大きくなり所々から隙間ができはじめる。
殻が大きく割れると、中から爬虫類の身体の生き物が這い出してきた。
「ドラゴン……いや」
殻から出てきた爬虫類は二本足で立ち上がると手の爪を俺たちに向けて動かし始める。
「ドラゴニュート、なのか」
「その通りだ人間よ。我らドラゴンは一時たりとも集中を絶やさず卵を温める時に思念を送るのだ。そうしてドラゴンの姿を固める事でドラゴンとして生まれてくる。その時間として十年は思念を送り続ける必要があるのだ」
「十年だって……!?」
「だが最後の最後で思念を邪魔する者が現れた。我がねぐらを通過する竜種がな!」
竜種? まさかワイバーンのウィブがここを通過した事でドラゴンの精神集中を邪魔したとでも言うのだろうか。
「だがそれくらいの事で途切れる集中など」
「それくらいだと!? 竜種でもなければたいしたことはなかったろうが、我が夫が追い払ってもしつこくこの場に向かってくるワイバーンさえいなければ、この子たちも立派なドラゴンとして生を受けたはずなのだ!」
ワイバーン……。ウィブめ、まさかそんな事をしでかしていたとはな。つがいのドラゴンに追いかけられる理由もある意味理解できるというものだ。
「そのせいもあってお前の集中が乱された、と」
「……あと少しであったものが。このような中途半端なものになってしまったのだ!」
ドラゴンたちにしてみればそこまでの事をされたのだから怒りはもっともかも知れない。
だからといってもう変質してしまった卵はどうしようもないのだ。
「取り返しのつかない事かも知れないが、ここは矛を収めてもらう訳にはいかないか。今は関係がない訳でもないが、俺たちにとってドラゴニュートとなってしまった責任はないはずだ」
「だとすればただの侵入者を撃退するのみよ。このやり場を失った怒りと悲しみをお前らで晴らすとしよう!」
ドラゴンが吠える。
洞窟が振動した。それに呼応したように生まれたばかりのドラゴニュートが俺たちに牙を剥く。
「どうあってもか。俺たちは魔晶石が必要なだけなのだ。邪魔をしなければお前たちに危害を加える事もない」
「何を言う人間が! 我に勝てるとでも思うてか!」
「勝てるから言っている」
俺は剣を抜き払うと、金塊の山に立つドラゴンにその刃を向けた。