足跡の主
山の中腹にある横穴がこちらを向いている。
洞窟の中はどうなっているか判らないが、ルシルは何か邪悪な魔気を感知しているらしく俺にすがるように腕をつかんでいた。
ルシルがこうも怯えているのは珍しい。
「洞窟は暗いよな。灯りを確保しなくてはならないか。ウィブ、この大きさならお前も入れそうだがどうする?」
洞窟は奥がどうなっているかは判らないが、入り口はドラゴンが行き来していてもおかしくないくらいかなりの高さと幅があった。
「儂か。儂は遠慮しておこう。中で狭くなっているかもしれんし、奴の足跡や匂いがない所を見るとここから赤竜が出入りしていたとも思えんからのう」
「なるほど、だとするとあのレッドドラゴンは別の出入り口を使っていたのかもしれないな」
ウィブは肯定するようにうなずく。
「それに儂が思うに、この足跡は別の者だろうのう」
「別の者? なるほど、薄くはなっているがいくつもの足跡が見えるな」
よく見なくては判らない程度だがウィブが指摘してくれれば何とか把握はできた。
「ドラゴンにしては小さい……人間くらいの大きさか?」
「これはドラゴニュートだのう」
「ドラゴニュート?」
「そうだ。儂も詳しくは知らないがな、竜の血を引く者で姿形は人間のそれに近いらしい」
「蜥蜴人間とは違うのか?」
人型爬虫類の代名詞とも言える蜥蜴人間だがそれとは異なる種なのか。
「リザードマン? そやつらは儂のような傍流や枝葉の竜族とは違い蜥蜴の派生だからのう。見た目は近いかもしれんが実態はまったく別だわい」
「そうなのか。蜥蜴人間なら魔族で使役していた奴らがいたから見た事があったが、それとは違うのか」
「違うな。わずかとはいえ竜の血が含まれている者とそうでない者との違いは大きいぞ。ドラゴニュートが大勢いるとすれば敵にすると厄介だのう」
「だからウィブは洞窟に入ろうとしないのか?」
「それもあるがの、どうもこの洞窟は乗り気がしないのだ」
確かに大きな身体で狭い洞窟は辛いだろうし、ウィブの言うようにドラゴニュートが大勢で襲ってくれば標的にされてしまうだろうからな。
「判った。だとすればルシルはどうする? そんなに怖がっているなら俺だけでも行くが」
震えるルシルが俺の腕をつかみながら困ったような顔を向ける。
目にはうっすらと涙が溜まっているようにも見えた。
「……俺が守ってやるからついてこい。いいな」
ルシルが小さく何度もうなずく。
「じゃあ早速で悪いが、灯りになるような魔法はあったかな」
「う、うん。持ってるよ。ちょっと待って」
ルシルは周りを見て適当な枝を持ってくる。
「Rランクスキル、永久の火口箱」
ルシルが呪文を唱えると木の枝の先端が淡い光で包まれた。
「洞窟を進むならもっと明るい方がよかったんだけど、Sランクは使えないみたいだから……」
ルシルは魔王の角を奪われてから高位魔法やスキルを使えなくなってしまっていた。
「いいさ、足下が見えれば十分だよ」
俺は明かりの点いた枝を受け取ると洞窟の中に足を踏み入れる。
寄り添うように俺の後ろを付いてくるルシル。
「ウィブ、俺たちが戻るまで適当に過ごしておいてくれ。洞窟といってもそう時間はかからないと思うが、万一の時には自分の身の安全を第一に考えてくれよ」
「判った判った、二人だけの冒険を楽しんでのう」
「その一言は余計だよ。じゃあ行ってくる」
俺は右手に抜き身の剣を構え、左手に枝を持って洞窟を進む。
外の明かりが段々と弱くなって行くにつれて枝の明かりが頼もしく感じた。