精神回路
ルシルが魔王の力を失った。
それは俺にとってもルシルにとっても大きな衝撃だ。
「だが見たところ魔力量が減っているようにも見えないし、どうだ、記憶に欠損はないか?」
「うん、でも覚えている限りは、だけど。魔王の頃の記憶もあるし、能力の使い方も判るんだけど」
「思い通りにいかないという感じか」
「そうなのよ」
ルシルは特に変わった様子もない。違いがあるとすればやはり角だ。
「今まで通りやろうとしてうまく身体が動かない、みたいな感覚かな」
「言われてみるとそんな感じ。やりたいこと、やれる事は理解しているんだけど、うまく表現できないというか……ううん、もどかしいなぁ!」
ルシルがイライラする気持ちも判る。今までできていた事ができなくなっていたもどかしさ。
「おい勇者」
悩んでいるところでワイバーンが割り込んでくる。
「なんだ、今忙しいんだが」
「そうは言ってもだなあ。儂はどうしたらいいのだ? 勇者の配下になる事は先刻承知したからのう」
そうか、ワイバーンは俺の配下になるとして刃向かわないように対策を講じようと思っていたのだが、大罪の清算が使えないとなるとどうするか。
「まあいいだろう。どうせお前は俺がお前よりも弱くなったと思った時点で裏切るのだとすれば、常に俺がお前を凌駕していればいいだけの事」
「その通り。儂は儂よりも弱い奴の言いなりになるつもりはない。儂よりも勇者が弱いとみればいつでも去ろう」
俺にも判るくらい、ワイバーンが不敵な笑みを浮かべている。
「去るだけではなさそうだが、変な勘違いをして足を引っ張られても困るからな。いいだろう、いつでも好きな時に寝首を掻きに来るがいい。それで倒されるなら俺もその程度だったという事で諦めもつく」
まあそうなる事もないだろうがな。
それよりもルシルの事が気になる。やはり一度エイブモズの町に戻ってシルヴィアやピカトリスたちと合流するか。
「そうだなあワイバーンよ、お前の事をどう呼ぼうか。名前はあるのか?」
俺の問いにワイバーンが不思議そうな顔をする。
「儂は常に単独で生きてきた。こんなに話をするのは生まれて初めてだからな、個体を区分けする記号など持ち合わせておらぬよ」
「なるほどな。社会に出ないと接触がないから呼び名も不要、か」
確かに名前というものは個体を識別する記号だ。その個体を縛る効果もあるだけに命名というものにはそれなりの責任を伴う。
「だがいいだろう、お前にはウィブという名を与えよう。俺と共に活動する限りはウィブを名乗る事を認めよう」
「ウィブ……なるほどそれは面白い。儂はウィブ、ウィブか。ふふふっ」
「なんだ楽しそうだな」
「そうかも知れん。ワイバーンでも名前を持つ者は儂しかおらんのではないかと思うとな、ふふふ」
ウィブと名付けたワイバーンは嬉しかったのだろうか俺の目の前でぐるぐると回って喜びを表現していた。
「早速だがウィブ、頼まれて欲しい事がある」
「なんだ勇者、この儂ウィブができる事であれば何でも聞こう」
「ならば俺たちをエイブモズの町まで連れて行って欲しい」
「人間の町か? いいだろう、面白そうだ!」
ウィブは小躍りしてまだ見ぬ人間の町への興味を示していた。
調子に乗りすぎないかが気になるところだが。