姉妹ゲンカと魔獣化
俺たちを高いところから見下ろすようにして立っている少女。見た目の年齢は俺と同じかそれよりも少し上くらいに見えるが、ルシルに似ている姿をしている少女だけに、実際の年齢は判らない。
だが、魔王の頃のルシルにも今のルシルにも似ていないとすれば、つり上がって性格のきつそうな目元のせいかもしれない。
「放浪していたからどこで野垂れ死んだかと思っていたけど、こんな所で会えるとは思っていなかったよ」
ルシルは岩の上に立つ少女に話しかける。
「我もそうであったよ、姉上。勇者に討ち滅ぼされて全てが無に帰したと思っておったぞ」
アリアに移ってからはルシルも幼く見えるが、魔王の頃はそれなりに長命だったはず。その妹というのだから今見えている姿が若いとは言え、実際はいくつなのか見当も付かない。
「生きていたのね、レイラ……」
「姉上こそご壮健で何よりだ」
ルシルは本心で喜んでいるようだが、妹のレイラは表情からして姉を気遣うような感じには見えなかった。
「今のところは、な」
レイラが右手を振りかざす。
「かはっ!」
「ルシル!」
ルシルの口から血が吐き出された。
見れば尖った槍のように、岩がルシルの背中から腹部へ貫通している。
後ろを見ると地面から岩が突き出してルシルの身体を貫いているのだ。
「昔はもっと恐ろしかったのだがな、残念だよ姉上」
「なっ! 大丈夫かルシル!」
俺は剣でルシルに刺さった岩の棘を斬り飛ばす。
「重篤治癒!」
即座にルシルへ治癒魔法をかける。
致命傷には至っていないはず、そう願いながら魔法をかけ続けた。
「妬けるではないか、勇者」
レイラの周りに無数の岩の棘が生成される。
「岩の槍で串刺しにおなり!」
岩の棘が発射され、俺やルシルの周りを囲うように突き刺さった。
「ピカトリス、カインの事を頼めるか!」
「いいの、ゼロ君」
「構わん! グリコ済まないがもう一度首飾りを使ってくれないか」
ピカトリスの持っていた魔獣化の首飾りをグリコに渡してもらう。魔獣化した時の姿はヒポグリフだった少女だ。
グリコはよく理解していないだろうが、身の危険が迫っている事は肌で感じてるだろう。
「いいのね、グリコちゃん」
ピカトリスがグリコの首に魔獣化の首飾りをかける。
一瞬まばゆい光に包まれたかと思うと、そこには身体変化でヒポグリフになったグリコがいた。
「ピカトリス、ユキネと一緒にグリコに乗ってエイブモズの町へ行ってくれ! 町で何をして欲しいのかはユキネが知っている。頼むぞユキネ!」
「いいわ、行きましょうユキネちゃん」
俺とピカトリスに促されてユキネがうなずく。
「させると思っているのか」
レイラがまた岩の槍を何発も発射する。
「それこそさせんよ、円の聖櫃!」
俺は円の聖櫃をユキネたちに展開する。これで物理的な攻撃は遮断された。
「だからどうした、魔力矢弾!」
レイラの放った純粋な魔力の塊は円の聖櫃では防げない。物質は通さないが魔力は貫通するためだ。
「魔法障壁! 行けっ、グリコ!」
俺は物理も魔法も防御可能な魔法障壁を展開する。だが魔法障壁は円の聖櫃よりも防御が弱い。強すぎる攻撃にはあまり持たないのだ。
「行けーっ!」
俺の声に反応したのか、グリコはピカトリスとユキネをその背に乗せながら大きく羽を広げて羽ばたき始める。
ゆっくりと、ゆっくりと俺の魔法に守られながら地上を離れていく。
「ぐっ……」
俺の身体を岩の棘がいくつも突き刺さる。
「今度はあんたががら空きだぞ、勇者」
レイラの周りにはまだできたばかりの岩の棘がいくつも宙に浮いていた。