ホムンクルスの末端小粒
人造人間。錬金術師が造り出す人工生命体。
ここで横たわっているルシルに似た少女が、アリアの形代と呼んでいたこの女の子がその人造人間だという。
「どうしたんだこの子は。頬にヒビが入っているぞ」
「そうね、時間かしら……」
「なんだと、ピカトリスどういうことだ」
人造人間の少女は荒い呼吸をしながら何かをつかもうとするかのように右手を天に向かって開いた。
「こうなってはおしまい。最期の時が来たんだわ」
ピカトリスは淡々と説明口調で話す。
「この子はねゼロ君、人造人間の中でもかなり長生きな方なの」
「長生き……だと。見たところ十歳にも満たない幼子じゃないか」
「そうよ、まだこの子は三歳。人間よりも成長が早い培養槽で育てたから三倍の速度で育ったわ。だけど短命、三年がいいところなの」
この子は、ルシルに似たこの子はまだ三年しか生きていないというのか。
ルシルは人造人間の手を握りしめて懇願するような目で俺を見る。
「ゼロ……この子死んじゃうの? かわいそうだよ……」
今にも泣き出しそうなルシルを見て、俺もいたたまれなくなる。
それも無理はない。今のルシルに似ているという事は、元々魔王を封印するための器として選ばれた俺の妹、アリアに生き写しという事だ。
「……」
人造人間は口を開けて何か言葉を発しようとしているのか。
「この子にそんな知性は無いわ」
無情にもピカトリスが断言する。
「俺の思っていることが判ったのか? それともお前も俺と同じように感じたのか」
「発言は控えさせてもらうわね」
ピカトリスはそれだけ言うと口をつぐんでしまう。
「助ける方法は、生き続けられる方法はないのか」
「……」
俺がピカトリスを揺すっても返事をしない。
その瞳から一筋の涙。
「ピカトリス……」
俺はピカトリスから手を放す。
「この子はね、ある人の形成モデルを使って造り上げた人工生命体なの。ある人の要素は一つも使っていない、純粋に創造した生命体。だからなのかどうなのか、生きるためには大量の魔力を消費するのよ。そしてどこまで育っても知性は、魂は宿らない」
ピカトリスの話を聴いてユキネも人造人間の手を握る。
ルシルとユキネに天へ突き出した手を握られている状態だ。
「ねえあんた、この表情、この口の動きを見てもまだ知性が無い、魂が宿らないって言えるの」
ユキネは人造人間の少女のヒビの入った頬に手を添える。
アリアの形代と呼ばれていた少女は、ルシルを、ユキネを見て目を細めた。何かを訴えかけるようにも見える。
「なあピカトリス、魔力を注ぎ込めば少しは生きられるのか? この前のように」
「やってみたら判ると思うけど、もうこうなっては無駄よ。細胞一つ一つの末端小粒がもう尽きているの。これ以上細胞分裂ができないのよ」
「俺にはお前が何を言っているのかよく判らないが、試してみるさ」
俺は自分の左手の親指を少し噛むと、流れ出る血を人造人間の口の中に注いだ。
「魔力をどう渡したらいいか判らないが、こうしてみればどうだ」
俺の血液が人造人間の喉を通る。人造人間が淡い光に包まれていく。
「そんな馬鹿な……!」
ピカトリスの顔が驚きに満ちる。