病原菌との戦い
ヘイテイ山の麓の森。マンティコアの死骸も生々しい状態で俺たちは戦い終わって傷を癒やしている。
そこで出たピカトリスの発言に俺は耳を疑った。
「何、さんざっぱら俺たちの魔力を吸い取って、そのくせあの動く死体の呪いも解けないだと」
「そういきり立たないでよゼロ君、もぅ、顔が怖~い」
ピカトリスの低音ながら女言葉で繰り出される発言が俺の気持ちを萎えさせる。
「動く死体はもうおしまいなの」
「おしまい?」
俺はオウム返しに聞いてしまった。
「そうよ、あれを造った頃は単なる魔力製造機として、知力を持たない人間にするように仕込んだ物なの。呪いっていう種別ではないのだけどね錬金術的には。まあ言い得て妙かもしれないわね。あれは一種の病気なの」
症状が感染するとか、確かに病気の様相を呈していたが。
「あの病原菌、簡単に言うためにゾンビ菌とでもしておこうかしらね。で、そのゾンビ菌には二種類の弱点があったのよ」
「弱点?」
俺はまたもオウム返しに聞いてしまう。
「ええ、一つは獣とか魔獣に弱いこと。知性が元々少ない相手には効き目が薄かったのよ。そしてもう一つが感染回数よ」
「何人に感染したか、という事か」
「正しくは何人を経由したか、という感じね。一人の病原体が何人に感染させても効力の薄れにくいのだけど、何人も渡り歩いていくと徐々に効果が減っていくのよ。そうね、大体二十人くらいかしら。それくらい経由すると、最後の人にはそれ程効果が得られなくなってしまうのよね」
だからといってカインに噛みついた奴がどれだけの動く死体を経由したのかなど判らないから下手に安心はできない。
「獣には効果が薄いと言っていたな」
「そうよ。知能が低い相手には効き目がないわ。元々知性を抑える菌だもの。でもね、魔獣の中でもマンティコアみたいに知能が高い奴もいるでしょ?」
「ああ、スフィンクスとか一部のドラゴンとかも、魔獣の中では知性の高い方だろう。そういう奴らには効かなかったというのか?」
「そうなのよ! だから不思議なの。獣の本能の部分で何か動く死体化を防ぐ物があるのかもしれないと思ったのよ。それで造ったのがこれ」
ピカトリスが外套の裏から何かを取り出した。
今更だが外套の内側、上半身は何も着ていない。だから外套をめくる度に痩せ細った骨と皮が見え隠れする。
「それは……魔獣化の首飾りか」
グリコの首に掛かっていたあの首飾り。俺が剣で斬った奴と同じような物がピカトリスの手のひらにあった。
「これを造るためにも、ゼロ君たちのあの魔力は必要だったのよ」