腕と呪いとお前と俺と
マンティコアは息絶えた。魔獣を操る奴の脅威は消えたからだろうか、グリコの緊張が少し解けたような気がする。
「さてと、ちょうどいいところに偶然にもいてくれたわけだが、ピカトリス。遠隔投影の時は世話になったな」
俺はへたりこんでいたピカトリスに話しかける。右腕を噛み千切られてはいたが俺の治癒魔法でどうにか傷口は塞がっていた。
「ゼロ君も結構やるじゃない。あたしと別れた時はまだ魔王と戦う前だったものね」
「あの頃に比べれば俺も成長しているさ」
「国に解雇にされたりね」
俺は剣を抜くとピカトリスの首元へと近付ける。
「今すぐその右腕と同じ事を首でやってもいいんだぞ。それでもつなげられる自信があるならな」
「なあに物騒なことを言っているのよ。あたしにはもう戦う気力も無いわ。折角傷口を塞いでもらったんだから、新しい傷は付けたくないのよ」
ピカトリスは俺の剣をつまんで遠ざけようとした。
俺は溜めていた息を吐き出すと剣を鞘に納める。
「それに治癒っていっても万能じゃないのよね。腕は元通りにならないもの」
「トカゲの尻尾じゃないんだ、無理言うなよ」
「そうね、一応礼は言っておくわ」
俺も近くに腰をかけてまだ日の高い空を見上げた。
「確かどこかにカギ爪ならあった気がしたが。確か火蜥蜴の毒爪とか言ったかな、使うか?」
「何よカギ爪って美しくないじゃない。それはお断りするわ」
ピカトリスはゴーレムとはまた違った印を結んで何やら唱え始める。
「ちょっと片腕だとやりにくいわねぇ。肉体錬成印!」
ピカトリスが印を結び終えると、傷口が盛り上がってきて腕が生え始めてくる。
ある程度の形が整うと戦端が分裂して伸びて指の形ができあがった。
「まさにトカゲの尻尾だな……」
「これはあたしの精神、魂とつながる人体錬成術の一つよ。錬金術師であり死霊魔術師でもあるあたしだからできる術ね。完全体じゃあないけど素材ならほら、そこにたくさんあるし」
「素材?」
マンティコアの身体、骨と肉と皮か。それを材料に自分の腕を錬成したみたいだな。
「あらやだちょっと爪が伸びすぎだわ」
ピカトリスの新しく生えた指の先に、カミソリのような鋭い爪が付いていた。
「マンティコアの爪……なのか?」
「ゼロ君もそう思う? そう思うわよね~」
失敗したのかと思いきや上機嫌だったりもするからこの男は判らない。
「そんなことより動く死体の呪い、あれをどうにかしてくれ」
「何よいきなり」
「いきなりでもないだろう。俺たちはそのためにお前を探していたんだからな」
「あらそう? だとしたら残念ね」
ピカトリスは肩をすくめて困った顔をする。
「どういうことだ」
「どういうこともこういうことも、動く死体には二種類いるのは知っているわよね?」
「死体を保存処理して魂を入れ直す奴と、生きたまま知性を奪う奴だな」
「そうよ。それを知っているなら話が早いわ」
ピカトリスは立ち上がると、ズボンに付いた土埃を手ではたいて落とす。
「もうあたしじゃどうこうできないのよ」