マンティコアの最期
マンティコアを拘束するゴーレムたち。土ゴーレムがマンティコアをつかみ、覆い被さり、手足を固める。木ゴーレムが柵や拘束具へと変形し縛り上げる。
「形を自由自在に変えられるということはこういうことでもあるのよ」
俺の治癒呪文で少しは顔色が戻ってきたピカトリスが、失った腕を押さえながら次々とゴーレムたちをマンティコアにけしかけ、マンティコアの上に積み上げていく。
「ぐっ、重……」
重量だけでもかなりのものだろう。ドラゴンの翼は片方斬り落とされ、ライオンの力とバネもゴーレムに押さえつけられて自由にならない。尻尾はもう棘が一本も残っておらず、いくら振り回そうが脅威ではなかった。
「とどめは俺がやろうか」
俺は剣を持ちながらマンティコアへ近付く。
「勇者様、この哀れな年寄りを助けてはくれないだろうか。もう人を襲ったりせんよ、肉はほれ、山にいる獣を狩るようにして、そうじゃ、その獣も儂が捕まえて人間へ贈り物にしよう、な、どうじゃ悪くなかろう、ん?」
「マンティコアは賢いと聞くからな」
「おおその通りじゃ、古代の英知から魔獣の言葉も使いこなせるのじゃよ、ほれその魔獣の娘、言葉が通じぬから大変じゃろう? 儂がおれば話を伝えることもできるぞ。おおそれは便利と思わんじゃろうか、のう?」
媚びを売る目。魔獣でもこのような表情をするのだろうか。それだからこそ魔獣にして人の顔を持つ怪物なのかもしれない。
「そうだな少し役に立ちそうに思えてきた。お前の口車に乗ってやるのもいいかもしれないな」
「ゼロ!」
「ゼロ君!」
ルシルやピカトリスが俺の言葉に反応する。
その様子を見てマンティコアはほんの一瞬だけ下卑た笑いを見せたように思えた。
「少し待つといい」
俺は剣で木の拘束や固められた土を掘り起こす。
マンティコアの身体が徐々に土の中から現れて段々と自由に動けるようになる。
「俺が解放してやったらお前はどうするかな?」
「もちろんそれは……」
あらかた拘束を解いてやるとマンティコアは四肢を伸ばして立ち上がる。
「そうじゃ勇者様、助けてもらったついでになんじゃが、さっきの人間の骨が奥歯に挟まってしまってのう、見ての通り儂の手じゃあ細かいことはできんのじゃ。すまんが取ってもらえないじゃろうか」
マンティコアが大きく口を開ける。
鋭い牙が並んでいてよだれが垂れる。肉の腐敗したようなものすごいにおいがした。
「どれどれ」
俺はマンティコアの口の中を覗き込んで手を伸ばす。
「どこだ、この奥か。頼むから口を閉じないでくれよ」
「はひ、おふれふ……」
「何を言っているのかよく判らないが、お、これか?」
俺は奥歯に挟まっている小さいかけらをつかむ。
俺の上半身がマンティコアの口の中にある状態で、マンティコアはまともに言葉を話せない。
「あかなゆーひゃは」
「ん? 馬鹿な勇者だ、だって?」
マンティコアの喉が鳴る。こいつ、笑っているのか。
俺の腹と背中に牙が当たってめり込む。
「もうすぐで取ってやるからな、おいそんなに口を閉じるな俺に牙が当たっているぞ、もっと口を大きく開いてだな……」
食い込んだ牙がさらに俺の身体へ刺さろうとしている。
「ひ、ひへへ……ひひゃらひあ~ふ!」
いただきます、だと?
「残念だな、もしかしてと思ったのだが……」
俺はマンティコアの牙で適当に手の届く奴をつかんだ。そのまま力任せに折って抜くと尖った部分で口の両脇を斬り割く。
頬は下顎を支える筋肉があり、ここを切られてしまえば噛む力は無くなり下顎が垂れ下がる。
「はがー!」
俺がマンティコアの口から上半身を入れたままで口の中から上顎と下顎を押し開ける。
「ほがぁー!」
マンティコアの上顎を押さえながら下顎をつかんでそのまま引っ張ると、下顎、喉、首、腹と皮や肉が引き千切られ割かれてめくれた。
血の噴き出す音や肉と骨が千切られる音と合わせてマンティコアの断末魔が森の中に響き渡る。
「ゼロ、どうしてそんな危ないことを」
ルシルが心配して駆け寄ってきた。
「奴のいうことも一理あると思ってな、魔獣の言葉が使えるという辺りは特に。だが敵感知が途切れないどころか段々と強くなってきて、仕方がないからこうなった」
もはやただの肉の塊となってしまったマンティコアとその血を全身に浴びた俺そこにはいた。
「俺は信用して身を任せたつもりで少し期待はしていたのだがな、残念だよ」
俺はまだ持っていたマンティコアの牙を放り投げる。