偏食者の好きなものは
ヘイテイ山の森の中、目の前には大きなマンティコアがいる。
森は戦いの影響で木々が倒れちょっとした広場ができあがっていた。
「あ……うぁ!」
ヒポグリフだった少女のグリコがうめき声を上げてルシルの後ろに身を隠す。
「ほうほう魔獣化の首輪を外したのだねその子は。餌として育てようとしたのに余計なことをしてくれた」
「餌って何よ!」
ユキネが叫ぶ。ユキネもルシルと一緒にグリコをマンティコアから守ろうとしてくれていた。
餌か。確かマンティコアは肉食だったと思い出す。
「マンティコアの好物は人肉だ。それも生きたままの生肉が特に好みだと聞く」
「ほうほうよく知っている勇者様じゃ。その通り、儂らマンティコアは人間の肉が好きでのう。前は人間も多かったんじゃが、このところ食えたのは古い人間の肉ばかりじゃったからの」
「古い人間の肉?」
マンティコアの知能は魔法も操れる程に賢い。こんな持って回った言い方はしないのではないかと思ったが。
「そうか」
俺の言葉をユキネが引き継ぐ。
「私たち喰らう者の事ね……」
「匂いからしてそうじゃと思ったが、そこの娘も動く死体じゃったか。動く死体は肉が古くて不味いからのう」
マンティコアが少し考えるような顔をした。
「じゃが、最近食った動く死体とはちと違うようじゃの。あれは口がきけん程頭は悪かったが肉は生きている人間と同じようじゃったからのう……」
今にもよだれを垂らしそうなにやついた顔で味を思い出そうとしているのか、口をもぐもぐと動かし始めた。
「あいつらか、知性を失った本能の部分だけで動くゾンビ。生きたままで知性が削られるだけだからマンティコアとしては格好の餌なのだろうよ」
「然り、然りじゃ。じゃからそれを造り出せる奴は大切に保管しておるのじゃよ……」
「保管、だと」
造り出せる奴、ピカトリスの事だろう。
「そうじゃ、ほれ」
マンティコアが尻尾を振ると生えていた棘が木の上に向かって放たれる。
枝が数本折れたかと思うと、何か重さのある物が落ちてきた。
「いたっ!」
落ちてきた物が痛みを訴える。
それは捕縛撚糸のような物で縛られて自由を失ったピカトリスと、ルシルにそっくりな人造人間だった。
首だけは糸が絡んでいないため息はできるようだ。
「ピカトリスと……人造人間か。どうやら今まで麻痺していたのか意識を失っていたのか、敵感知でも判らなかったが」
「そうね、私もこんなに近くにいるなんて気づけなかったから、意識が無かったのだと思うわ」
ユキネも同じような感じだったらしい。ピカトリスの事を検知できなかったようだ。
「それにしてもその姿はなんだ……」
俺は残念な姿で縛られているピカトリスを蔑んだ目で見る。
「う、うるさいわね! あたしだって好きでこんな格好してるんじゃないわよ!」
容姿は悪くないがこの低音で放たれる女言葉にいつも違和感があった。
「ゼロ君、あんたたちに動く死体を使っちゃったからこんなマンティコア風情に捕まっちゃったじゃない、どうしてくれんのよ!」
「知るか! お前が勝手に戦力の無駄撃ちをしたからだろうが」
俺は剣でピカトリスに絡まっていた糸を斬り払う。
「ほうほうほう! これで少しは食べ応えもあって、食事を楽しませてくれるようになるかのう!」
「何よこのマンティコア風情がっ! あたしだって二度はやられないんだからねっ! ねえ、ゼロ君」
「勝手に巻き込むなよピカトリス。俺はお前を殺してでもゾンビ化の呪いを解こうとしているんだからな」
俺の怒気にピカトリスがしなを作って腰を押しつけてくる。
「んもぅ、つれないんだから」
「気持ち悪い、寄るな」
そんなやりとりを楽しそうに見ているマンティコアと、冷ややかに見ているルシルがいた。