ヒヒジジイとの戯れ
先程まで薄暗かった森の中は少し明るくなっていた。
一部だけ大きく木々がえぐられ空が見える。そこから日の光が入ってきていた。
「おやおや、やってくれるねえ。いきなりでびっくりしたぞ」
しわがれた老人の声。
「今ので死ななかったとは運が悪かったな、ヒヒジジイ」
「なんと、儂をそのように呼ぶか。命知らずの勇者様じゃわい!」
どこかの枝が揺れて葉のこすれる音がする。
「おおよその場所は判っているんだ」
「おおよそ? その程度で儂を捕らえたとでも言うのかい? ひひひっ」
「そうかもな」
俺は数歩先に見える大木を中心に炎の魔法を仕掛けた。その大木を囲むように炎の壁ができあがる。
「上にいたら焼ける前に煙で息ができなくなるぞ」
「ぐっ……」
大木の上でヒヒジジイが他の枝に移ろうとしているようだが、炎の壁がそれを阻む。
移ろうにも他の木は先程剣の真空波で斬り倒しておいた。
「ぐぬぬ……」
「そらそらどうした、さっさと降りてこないか」
俺は剣を構えながら挑発する。乗ってくればよし、そうでなくともこのまま奴の体力が削られればそれでも構わない。
「よくも、よくもっ!」
獣のような咆哮が頭上から聞こえたかと思うと、雷のような音が大木から聞こえた。
「なっ、木が……裂けただと」
目の前の大木が上の方から真っ二つに割れていく。大木ともなると幹が割れる音も相当大きなものになる。
「ゼロ、危ないよ」
「判っている」
倒れてきた大木が俺たちの方へと向かってきた。
「そぅら、避けないと下敷きになってしまうぞい!」
咳き込みながらヒヒジジイが俺に挑発し返す。
「だからどうした……。円の聖櫃!」
半分に割れた大木は俺が張った円の聖櫃の魔法で作られた障壁に弾かれる。
中に入っていた俺たちには木の一片も当たらない。
「そして、重爆斬!」
俺は弾かれた大木を剣の技で粉々に打ち砕く。
本来であれば敵が攻撃してくる力を活用して反撃するような技だが、倒れてくる動きもそれに近い。
重さを逆に反撃の力に変えるのだ。
「さてとどうかな。これでまともに顔を拝める……って」
俺は一瞬声を失った。
俺の目の前には大きなライオン。ライオンではあるが、ライオンにしてはおかしい部位がいくつもある。
「ついに儂を地に着けさせたな……」
ライオンが俺に話しかける。
憤りの表情をする老人の顔。そう、ライオンの身体に人間の老人の顔がそこにあった。
そしてコウモリのような皮膜でできた翼と、長くその先にいくつもの棘が生えている尻尾がある。
「ゼロ、これって……」
「マンティコアだな。俺も初めて見たぞ」
老人の顔がいやみたらしく口元だけ笑ったように見えた。
「よく知っておったな。そうとも儂はマンティコア、この森の長にして魔獣を統べる者じゃよ」