魔獣の森の長
幻影と器官転移を駆使する魔術師は炭化した物質となって転がっている。
「魔獣の森……か」
奥に見えるヘイテイ山、そこに続いている広い森が目の前に広がる。
草原へもヒポグリフがやってくるところからも、魔獣の森には複数の魔獣が棲んでいる可能性があった。
「まさかグリコが魔獣の森の長、という訳ではないだろうからな」
グリコの頭をぐりぐりとなで回す。
俺は裸に外套を羽織っただけではかわいそうだと思って、適当に見繕った袋を簡易的な貫頭衣にして着させている。目のやり場に困っているとかそういう事ではない。断じて。
「だがなあ、その魔獣とやらが出たとして、そいつらもグリコみたいな奴だったらどうするか……」
「え、どういうこと?」
「考えてもみろよ、全部が全部そうだとは言わないが元は人間でしたっていう奴ばかりだとしたら、グリコみたいに戻すのか?」
別に俺たちは魔獣を解放しに来た訳ではないのだから。俺たちの目的は、人革の魔導書を持つピカトリスを捕まえて、動く死体化の呪いを解くことにあるのだ。
呪いをかけられてベッドで寝ているカインを考えれば魔獣に関わっている暇はないのだが。
「ん~そうだねえ、全員を戻したりはないかなあ」
ルシルは少し悩んだ様子で、でも即答だった。
「グリコちゃんだってこの姿になったから無力化しちゃった訳だし、危害を加えてこないなら私は別にどっちでもいいかなー」
「魔王としては人間だろうが魔獣だろうが関係ないだろうからな」
「そそ、そういう事」
「まあ確かに刃向かってこなければこちらとしても面倒事は避けたいし。助ける助けないはその時の気分でいいんじゃないか?」
「今までそうしてきたしねー」
ユキネが俺たちの会話を聞いてどう思ったかは判らないが、特に表情も変えずに付いてきている。
喰らう者と自称しているがゾンビはゾンビだ。これもまた感覚としては人間とは別の物になっていると思った方がいいかもしれない。
「人間からすればこんないい加減な勇者だと幻滅もするのかもしれないけどな」
「そう? 私はゼロのこと好きだよ。こっちにだって考えや都合があるんだもん。正義って言っても皆が皆同じ内容って訳じゃないもんね」
こんなことを話ながら俺たちは森へ足を踏み入れる。
俺たちが森に入ってすぐの事だった。
「ほほう、それはそれは俗物的な勇者様じゃのう」
森の奥、木々の上だろうか。老人の声が聞こえた。
「なんだ、俺のことを知っているのか?」
「ほほう。知っておるよ勇者様。王国を解雇されて返す刀でその王国を滅ぼしてしまった男。気にくわなければ国をも手にかけるその暴虐さ。儂は嫌いではないぞ」
敵感知が発動して耳の奥に痛みが走る。
痛みを感じる向きを調整し、聞き耳を立てるようにして声の主のいる方向を特定した。
「豪炎の爆撃! 燃えてなくなれ!」
俺の手から炎の塊が発射される。声の方向をめがけて飛んでいく炎の塊は、近くの木々を燃えるまもなく炭にして突き進んでいく。
「あんた何いきなりやってんのさ!」
ユキネが俺の魔法発動をとがめる。
「敵感知が強力に発動したんでな。俺に向けた殺意の強さからしてかなりのものだったし、それに……」
俺はつかんでいた棘を地面に落とす。
「ユキネ、お前めがけて飛んできたこの棘、これに貫かれてもよかったというのなら考え直さないでもないが」
元々血の気のないユキネの顔が、さらに青白くなったような気がした。
気のせいだが。