現実に見た幻日
「まったくいったい何だったんだ……。傷を負った事から見ても幻影というわけではなさそうだが。それとも何か魔法で投影されたものが連動しているとか……」
俺は冷静になろうとして深呼吸をする。あの雲間から覗いていた大きな顔。本物のようにも見えるが、だとすれば空中に浮かんでいるとも思える。
「いや待てよ……」
俺が放った氷塊の槍は、それなりに飛距離はあるが流石に数百メートルも届いたりしない。炎の槍よりも遠距離に向いていると思っていたが、それでも有効打を与えるとなればそれなりの近さでなければ。
俺は敵感知の痛みを感じてない。とすれば検知に必要なのは。
「グリコ、どうだ。奴が見えるか」
「ああ、うう……」
ヒポグリフだった少女のグリコは俺の言葉が理解できていないだろう。だが、何かを感じ取っている様子で、あらぬ方向を向いてうめき声を上げていた。
「そこかっ!」
俺はグリコの向く方へ向かって炎の槍を放つ。
何もなかったはずの所に炎が人型に燃え上がりその塊が重力で押し潰された蛙のような声で叫ぶ。
その形をよく見ると、燃えながらも左目を押さえてのたうちまわる姿が浮かび上がってきた。
「よくも、よくもっ! やってくれたなあ!」
「そんなところに身を潜めていたのか。光の屈折か? 俺も騙されたぞ」
「ゼロ、どうして判ったの?」
「こいつがいた場所はグリコが示してくれた。余程恨みでもあるのだろう、一点を見据えていたからな。グリコにとってはこいつの居場所は丸見えだったようだ」
俺はグリコの頭を軽くなでてやる。
グリコは理解していないだろうが、頭をなでられる感覚が気持ちいいのだろう。目をとろけさせてなすがままになっていた。
「それに空中での巨大な顔だ。あれも光に属する投影魔法の一種だろう」
「でも魔法も使っていたし、相手も攻撃を受けていたよ?」
「そこが重ね技なんだろうさ。姿を投影しつつ、機能も同じように空中に転移させて連携していたのだろう。簡単に言えば、目と耳と手の感覚を切り離して空中に置いていたという感じか」
ようやく火が消えかけた大入道の正体の奴が膝をつきながら起き上がろうとする。
「よくぞ、よくぞ見破ったな……。お前の言う通り、姿だけではなく感覚器や機能も至る所へ転移させる事ができるのだ。こんな風になっ!」
片目の魔術師が右手を振るうと、俺の背後で雷撃が発生した。
「反対側から攻撃する事くらい予測の範囲だ」
俺は覚醒剣グラディエイトで雷撃を弾き返す。魔力を帯びた金属は雷を寄せやすくなっているようだ。
帯電したグラディエイトを今度は俺が片目の魔術師に向かって放出する。
「そら、お返しだ」
「ぐぎゃぁ!」
受けた電撃に加え俺の魔力も重ねた重雷撃を一身に受けた魔術師は、炎の槍で焼け焦げた身体が崩壊していく。
「くそっ、俺の力では遠く及ばないか……。だが、魔獣の森の長は……こんなものではないぞ……はははっ! ふははははっ!」
炭化して崩れ落ちた魔術師の、最期の声だけが虚しく響いていた。