やり手の女商人シルヴィア
徴税役人たちと一悶着あってから俺たちは大きな町を避けながら国境を目指していた。
「ゼロがお金全部上げちゃうから~」
これが最近のルシルの口癖だ。
俺たちは商人の護衛などをしながら糊口をしのぐ。勇者をやっていた頃と同じような護衛ミッションだ。
今もムサボール王国の領土外へ向かうシルヴィアという商人の護衛をしている。
シルヴィアはやり手の商人との呼び声が高い若手女商人で、貴族とも取り引きをするためか、派手ではないものの質の良い旅用のドレスを身にまとっている。
ゆったりとした服装でも判る女を感じさせる身体の線に、長い銀髪をていねいに編み込んだ髪型は、大人の女性の魅力に溢れていた。
荷馬車には貴重な品々や生活必需品を満載している。国をまたいで商いをしているだけあって、絨毯や壺などこの地域では珍しいものばかりだ。
「次の宿場町で私は数日滞在しようと思っています」
シルヴィアが言うには宿場町はあと半日くらいの距離らしい。王都からも大分遠くなったせいか、あれから王国の刺客に襲われることもなく、たまに街道へ出てくる野獣を追い払う程度の比較的安全な旅が続いていた。
「ルシル、俺たちはどうしようか」
ルシルも一応護衛として雇われている。たまに荷馬車に乗せてもらったりもするが、今は俺の隣で一緒に歩いていた。
「うん、私はいいよ町で少し泊まっても。ここまで来れば大丈夫だと思うし」
大丈夫というのは追っ手という意味でだが、シルヴィアがいる手前はっきりとは言わないようにしている。バレているのかもしれないが自分たちがお尋ね者だとわざわざ言うこともないと思っていたからだ。
「そうか、ではシルヴィアさん、私たちもご一緒します」
「よろしいのですか。お急ぎの旅のようでしたのに」
「いえ、早く国を出たいとは思っていますが、期日や目的があるわけでもないですし」
「それなら嬉しいですわ。これからもご一緒できるなんて」
こんな風に喜ばれれば悪い気はしない。
「ええ、俺も久し振りに骨休めができたら嬉しいですね」
俺の言葉にルシルも喜んで賛同する。
「そうですねえ、山間の小さな町ですのであまり賑わっている訳ではありませんが、温泉が有名ですからね」
「温泉!?」
ルシルの顔が喜びで弾けた。
「反応いいな、ルシル」
ルシルのあまりの喜びように俺も嬉しくなる。
俺が解雇になってからというもの、逃げるようにして王国を移動していた俺たちにとって数日も滞在するような町は今までなかった。
その上温泉もあるとなれば養生するにはもってこいだ。
「ルシルちゃんも温泉楽しみよね」
「うん、私温泉って入ったことがなくて。お湯にのんびりつかってゆっくりしたいな~」
こうして俺たちは湯けむりの立つ温泉の町、スパツに到着した。
あちらこちらで水蒸気が湧き上がり、町全体が硫黄の匂いで立ち籠める。
「それでは宿の手配を済ませてくるので、お二人は部屋に荷物を置いたら温泉に入ってゆっくりしていてくださってね」
「判りました、ありがとうございます」
俺とルシルはあてがわれた部屋に入る。シルヴィアはこの部屋の隣を取っていた。
当然シルヴィアの方が高級な部屋に泊まるのだが、普段からこのようにして俺たちだけで部屋を取ってくれているのはありがたい。
「護衛なんていうのは近くでなくては役に立たないって、自分の部屋に入れるけど床で寝てろとか、部屋を取るなんてもったいないから納屋で寝てろとか、酷いのはいくらでもいるけどな」
「シルヴィアさんいい人でよかったよね」
「そうだな」
金持ち商人の余裕なのか、それとも人柄なのか。
「じゃあ私、温泉行ってくるね!」
飛び跳ねそうに駆け出すルシルはとても嬉しそうだった。
次回、(多分)期待を裏切る温泉回です!