天候を操るのか操られているのか
急に空が暗くなる。雲が湧き出し辺りを覆う。
「なんだこれは!」
俺は焦りを隠せなかった。急に天候を左右させる魔法は流石に俺でも使うことができない。
そもそもそんな魔法があるなら干ばつや水害なんて起こさずに済む。
天候の変化を見てピポグリフだった翼の生えた少女が空を見上げて怯えている。
「あ……うぁ」
「何かあるのか? 言葉は話せるのか?」
駄目か。
ピポグリフの少女は話が通じないのか、怯えてルシルにしがみつく。
「グリコちゃん、大丈夫よ」
いきなりルシルがヒポグリフの少女を名前で呼ぶ。
「なんだグリコって」
「ピポグリフの女の子だから、グリの子でグリコ。名前が判るまでの仮の名前よ」
確かに、おいとかお前とかだけでは困りはするが。それにしてもグリコか。
「だからといってそこまで親しくしなくてもいいんじゃないか?」
「まあ小さい子だし、家に帰るまでは面倒見てあげてもいいでしょ」
なんだか急に母性本能をくすぐられたのか、それとも魔王としての責任感が出たのか。ともかくピポグリフの少女はグリコという仮称が付けられた。便宜上俺としては認めてもいい。それよりも今はそれどころではないのだが。
「この天候、あからさまにおかしいだろう」
「そうよね。急に雲が出て雨が降りそう……。山の天気は変わりやすいって言うけれど」
「そもそもここは平地だし……。おい、それどころじゃないぞ! あの雲の向こう!」
俺が指さす先には、そこだけ雲の切れ間が残っていて、そこからのぞき込むような顔が見える。
「なっ!」
ルシルもユキネも当然だが驚きを隠せない。
空に顔が映っているのだ。
雲の隙間からその顔がこっちを見ている。
「なんだお前は!」
俺は聞こえるかどうか判らないがとにかくその大入道に話しかけてみた。
「ごごご……」
空を、空間を揺るがすような声。
俺たちが使う言語とはまた別の発音で、何か音が発せられる。
ただ俺には、俺たちには理解できない。
「ひぃっ……」
ヒポグリフだった少女、グリコが耳を塞いでうずくまる。
彼女には理解できる言語だったのかもしれない。
「大丈夫、大丈夫だよ」
ルシルがグリコをかばうようにしてなだめようとしていた。
「よく判らんが……おわっ!」
雲間から見下ろす大入道が何か話しかけたと思うと、俺に向かって雷撃が襲ってくる。
それも一つや二つではない。雷光の槍が数十本放たれたような雷撃だ。
「ちょっ、待てこら!」
俺はそれを躱しつつ、ルシルたちを守るべく円の聖櫃を展開する。
「きゃっ!」
「しまった!」
俺としたことが。円の聖櫃は物理攻撃を撥ねのける事はできるが、魔法の攻撃には無力だ。
大入道の攻撃は恐らく天候を操った落雷ではなく魔法によるもの。円の聖櫃を貫通してグリコへ雷撃が落ちる。
「そういう事か……、攻撃をするのであればこちらも容赦はしないぞ」
俺はまず自分が目標となるように激しく動き回る。
その上で氷塊の槍を連発し、大入道の顔をめがけて攻撃を行う。
「これでどうだ!」
氷塊の槍を大入道の耳へ打ち込むと、奴はその方向を気にするようになる。
そこへ間髪入れず顔面を狙って氷塊の槍を放つ。
目標通り氷塊の槍が大入道の左目を直撃した。
「よしっ!」
空を引き裂くような大きな叫び声を上げて大入道が雲間から消える。
姿は見えなくなったものの、うめき声だけは天上から長い時間聞こえていた。
「ゼロ、今の何だったのかな……」
ルシルの問いに俺も答えることができない。人間にも魔族にも、あのような不気味な存在は今まで見聞きしていなかったからだ。
「撃退はした……と、思いたい。先ずはそのヒポグリフの」
「グリコ!」
「そのグリコをどうするかにもよるが」
段々と雲が晴れていく所を見ると、敵対する者が消えていく用にも思えた。
いつの間にか、敵感知の痛みが消えていることに気付いたものだ。