ゾンビ化の呪い
「ぷはっ!」
ユキネが一旦カインの首元から口を離す。唇と舌で傷口をなめて出血を抑えようとする。
「清潔な布で傷口を覆って、あんた回復魔法は使えたわよね?」
俺に聞いているのか? だが俺は捕縛撚糸でがんじがらめになっているから身動きが取れない。
俺だけなら前にもやったように力尽くで引き千切ることもできるが、カインと一緒に巻き付かれているとなるとそうもいかない。俺が力を入れることでカインが傷ついたりするだろうからな。
「それより……も、糸をほどいてくれ……」
苦しいままの状態だが言葉を絞り出す。
俺はこのままカインの胸に顔をうずめている事を終わらせようとも思った。なんだか心の奥に小さな棘が刺さるような気持ちになったからだ。
「ああ、ごめんごめん」
ユキネが魔力を解除すると、雪が解けるかのように捕縛撚糸がほどけて消えていった。
「ふぅっ、それで、傷口を塞ぐくらいでいいのか?」
「そうね、あまり強い回復魔法だと呪いにどう影響するか判らないから」
呪いか。
動く死体となってしまう呪いという事だが、確かに聖職者の解放呪術は誰も使えないが、それであれば動く死体の呪いも解けるのだろうか。
「ともかく傷を塞ごう。いつまでも歯型から出血しているものを見過ごしてはいられない。簡易治癒!」
初期魔法でもこのくらいの傷は治せる。
ユキネが付けた歯の痕から出血していたが、それが徐々に塞がっていく。
付着した血液をぬぐえば、もうそこには傷は残っていなかった。
「ねえゼロ、呪いのアイテムは私とゼロなら解呪できるけど、それと同じなのかな?」
確かに宝物にかけられた呪いは、それをかけた者とその者が認めた契約者にだけ解呪が可能なものだった。
ルシルが魔王としてかけた呪いは、それを受け継いだ俺が解除できる。
王国に強奪された時はその手続きを踏んでいないために、王国内では解呪できなかったのだ。
「それでも超高位の神聖魔法の使い手なり、それこそ神と呼べる存在なりであれば解呪もできるのだろうがな、人間ではそこまで至っている者はいないと聞くぞ」
「そうね、魔族の中でも他人がかけた呪いを解けるようなレベルの神聖魔法は使えないと思う」
だからこそ、この動く死体の呪いもかけた者でなければ解呪できないのではないだろうか。
「カイン……」
呼吸も少し落ち着いたカインの様子を見て、シルヴィアの肩の力が抜けた。
「ユキネ、これでカインの動く死体化は止まったとみていいのだな?」
「そうね……。噛まれてからそれ程経っていなかったのが幸いしたのかもしれないわ。この分なら大丈夫だと思うけど」
ユキネは口を拭うとカインの襟元のボタンを留める。
「そうなると、だ。ユキネに手伝って欲しい事があるんだが」
俺の真剣なまなざしにユキネも真面目な顔となった。