ゾンビになるまでの猶予
カインはベッドに寝ていた。月の光が窓から入ってきているからだろうか、猫耳娘の身体になっている。耳がぺったりと垂れていて元気のなさがここにも現れていた。
熱が高いのだろう。顔は血色が悪いが頬と額だけは赤くほてっている。
「先程から汗が止まらないのです。うわごとのようなこともずっと……」
これが知性を失うゾンビ感染なのか。
「勇者ゼロ様、いいかしら」
ユキネは形式張った呼び方をする。
俺はサイドテーブルに剣を立てかけた。
「ユキネ、カインがこんな状態だがお前たちなら症状を止められるのか」
「これは噛みつかれた後の急性期に起こることよ。このまま高熱が続くと徐々に知能を司る機能が制限されていくの。それまでつながっていた道が途絶えてしまうように」
「そうなっても回復はできるのか」
ユキネは首を振る。
「道が途絶えたばかりであればまだ回復の余地はあるみたいなのだけど、長期間道が途絶えたままになると、知性や理性の機能がどんどんと固まって死滅してしまうようなのよ」
「脳が……固まる……」
「ええ。だから今はこれ以上道が途絶えないように、機能が制限されないようにすることと、知性が失われてしまう前に途絶えた道をまた通れるようにする必要があるの」
俺は心配で聞かずにはいられなかった。
「通れるようにした事はあるのか? 知能が回復したことは」
「感染と言っても魔術的な呪いみたいなもので、その呪いの発生源を止めないことには解消されないの」
「どういうことだ……」
「回復については仮定の話で、まだ成功例はないわ」
手が汗ばんでくる。
俺まで呼吸が浅く速くなる気がした。
「今まで噛まれたやつでその症状の進行を止めた例はあるのか……?」
「ええ。町にはそれで生活レベルを保っている人は多いわ」
「そうか」
少しだけ光明が見えた。
動く死体には二種類ある。死んだ者の身体に死霊魔術がその者の魂を封じ込めたもの。ユキネたちがそうらしい。もう一つは何らかの魔法的な呪いによって生きたまま奴隷のように知性だけ失われてしまった獣のような存在。これは町を襲ったゾンビがそうだ。
そして知性だけ失われてしまったゾンビに噛まれると噛まれた者もその呪いにかかってしまい、同じように知性を失ってゾンビになってしまうという事だ。
「だがなぜユキネたちが噛み直せばその呪いの進行が止まるというのだ?」
「そこは私もよく判らないけど、私たちの活動は不死化された肉体と霊魂で成り立っているから、呪いに対する霊的な介入があるためじゃないかって考えられているわ。それも含めた研究を進めていたところだったのだけれど……」
「そうか。ただもう猶予はないのだろう? シルヴィア、今の話急なことだろうが任せてもらっても構わないだろうか」
俺からの問いかけにシルヴィアは不安に思った表情をしながらも同意してくれた。
「本当に、大丈夫なのですよね……」
「絶対はありませんが、今まで進行を止めた実績があります。このままでは確実に知性が失われてしまうでしょう。私の、そして学術都市エイブモズの研究を信じてください」
「判りました。お願いします」
シルヴィアが場所を空ける。シルヴィアに代わってカインの隣にユキネが入る。
「それじゃあ……」
ユキネが口を小さく開けて、カインに近付いていく。