カムカム噛まれる噛み返す
ユキネの言葉に耳を疑った。
「何を馬鹿な事……」
「本当よ。あんたたちが町に入ってきてから奇妙な事が起きるから、さっき魔術師仲間にお連れさんの様子を見てきてもらったのよ。そうしたら今は宿で熱を出して寝ているというじゃない」
「そうなのか」
「嘘を言ってもすぐにバレてしまう事よ。騙すつもりはないわ」
ユキネはまだ俺の右腕にしがみつきながら俺の目をじっと見つめる。
「私たちなら動く死体に噛まれて感染した状態から症状の進行を止める事ができるわ」
「動く死体って動物並みに知能が低下するか、お前たちみたいに魂を器に入れ直すかしかないのだろう?」
「ええ。動く死体に噛まれた者は生きたまま動く死体と同じになる。理性や知性が失われて、本能で動く死体のような存在に。私たち喰らう者とはそもそもが違うわ」
俺の胸の苦しみが段々と大きくなっていく。
「だったらカインを助ける手立てなんか、お前たちが持っているとは」
「そうね、助ける事、治す事はできないと思うわ。でも、さっきも言ったように動く死体化の進行を遅らせる事はできる」
ユキネが口角を上げて笑顔を作る。
「私たちが動く死体の上書きをするのよ」
「ゼロ、この女のことを信じるの?」
「……カインを見に行こう。それからだ」
「うん」
俺たちは急いで研究所から宿屋に向かう道を進む。
町にゾンビが侵入した時の騒ぎはあったものの、フレッシュゴーレムに破壊された区画からは離れる方向にあるため、見たところ荒れている形跡はなかった。
「ここだ」
俺たちが待ち合わせに使おうとしていた宿に到着した。
俺は中に入ると受け付けにいる宿の人間に確認を取る。
「商人のシルヴィアとカインという者が部屋を取っているはずだが。俺は同行者のゼロ、そしてこいつが同じ同行者のルシルだ」
「お待ちください、今確認しますので」
受け付けの女性が帳簿をめくる。
「あの……ユキネ様」
受け付けの女性はユキネに何かを目で訴えていた。
「いいの、案内してあげて」
「はい。それではゼロ様お待たせいたしました。こちらのお部屋にお二人ともいらっしゃいます」
俺は女性に案内されるまま、シルヴィアたちが入っている部屋の前に来た。
扉を開けるとベッドに横たわるカインとそれを見守るシルヴィアがいて、扉が開いたことに気が付いたシルヴィアがこちらを向く。
「それでは私はこれにて」
受け付けの女性が立ち去ろうとするが俺は女性の腕をつかんでそれを止める。
「な、何を……」
「いや。お前も喰らう者なのか?」
受け付けの女性の表情が硬くなる。
「ユキネ様……」
ユキネは真剣な顔つきでうなずく。
「はい、判りましたユキネ様。ゼロ様、私も喰らう者です」
「そうか判った。引き留めてしまって済まないな」
俺は女性の腕を放すと、女性は受付へ戻っていった。
「どうしたの、ゼロ」
「いやなんでもない」
ユキネに抱きつかれた時もそうだった。喰らう者は体温が低い。それに受け付けの女性は理性で衝動を抑えることができていたようだ。
それでなければシルヴィアたちが無事でいる訳がない。
シルヴィアの姿を見るまではと思ったが、どうやら大丈夫そうだった。
「だが、問題はカインだな」
「ゼロさん、ああ、どうしたら私……」
シルヴィアが憔悴した様子で俺に救いを求めていた。
俺は部屋に入るとカインの様子を見る。
「こ、こんな……」