大男の用心棒
残った役人どもが色めき立つ。
「この野郎、やりやがったな!」
「大丈夫かこいつ、誰か、救助、回復魔法を使える奴はいないか!」
「俺たちゃ役人だぞ、そんなのいるかよ」
「ただじゃあおかねえ!」
役人とその取り巻き連中が一斉に席を立って向かってくる。
「お待ちなせぇ」
酒場の明かりでは死角になる壁際の位置に座っていた男が立ち上がる。
「ここはあっしが。お役人様の護衛として雇っていただいたのに、お役に立てねえんなら申し訳ないからね」
のそりと立ち上がる傭兵は、身長二メートルはあろうかという巨漢。酒場の天井は高いからそれでも頭が支えるということはなさそうだが。
「あっしは護衛のガブってもんでさ。ちょいと兄さん、おいたが過ぎたねえ」
立てかけていた棍棒を手に俺の方へ歩いてくる。棘の付いた棍棒は黒いシミがあちらこちらに付いていた。どうやら何人もの血を吸っているようだ。
「こりゃぁお仕置きが必要だあよねぇ」
棍棒が振り下ろされる。
俺はとっさにルシルを突き飛ばす。
ルシルの座っていた椅子が棍棒の一撃で木っ端微塵に砕け散った。
「危ない危ない、どれだけの馬鹿力だよ!」
俺は転がりながら大男、ガブの棍棒を避ける。ガブはテーブルを叩き割り、床に大穴を開け、壁を破壊し、木片を辺りにまき散らした。
「我はゼロ、我は王、王たるは臣民の窮状を救うが定め。臣民よ、我を求めるか!」
俺の叫びに役人連中が茶々を入れる。
「何をほざいてやがる! 誰が王だって!?」
「こんな薄汚え王がいるものかよ!」
そんなやりとりを意に介さずガブは黙って自分の頭の上で棍棒を大きく振り回し始めた。
「食らって沈みなぁ!」
棍棒が横に払われる。テーブルも椅子もまとめて吹き飛ばされていく。
「ゼロ、私は王を求める! 王の庇護を求める! 王の救いを求める!」
ルシルの答えに俺の力がみなぎる。
「その望み、聞き届けた!」
勇気の契約者のスキルが発動したのだ。俺は棍棒の薙ぎ払いを避けると同時に大男の背後に回ると、大男の手首をつかんでひねり上げる。
「いだだだだっ! 痛いっ、腕が折れる、折れるぅ!」
大男のガブがその姿に似合わない、うわずった声で悲鳴を上げた。
「痛い痛い痛い、旅人さん、痛い、助けて、もう悪いことはしない、人を叩いたりしないから、ね、痛い痛い痛い!」
「泣こうがわめこうがもう遅い。人どころか何も叩けないようにしてやろうか」
俺は大男の腕を締め上げ、さらに力を加えた。
「いだだだだっ! ぎゃあーー!」
叫び声と共に骨の折れる音が酒場に響き渡る。
ガブは痛みに耐えられず倒れ込む。その先に割れた床板の尖った部分があり、そのまま倒れればガブを貫いてしまう位置だった。
「ちっ」
俺はガブが倒れきる前に横へ蹴り飛ばす。ガブは壁に激突してそのままおとなしくなった。
「旅人さん、旅人さん」
「親父さん済まないな、こんなに荒らしちゃって」
「それはいいんだ、騒ぎの一部始終は見ていたから。それより役人が何人か店を出て行ったよ」
「逃げたのならそれでいいと思うけど」
「そうじゃあないぞきっと。村の衛兵を連れて戻ってくるかもしれない。あんたらはすぐに逃げた方がいい」
宿屋の親父は焦りながらも俺たちをかばってくれる。店をこんな風にしてしまったというのに。
「そうだ親父さん、ここに百ゴルドある。これを店の再建に使ってくれ」
俺は懐から退職金代わりとなってしまった金袋を宿屋の親父に渡す。
「そんな、それじゃあ多過ぎ……」
「厄介賃も含めたものとして受け取ってくれよな。じゃあ俺たちはこれで!」
それだけ言って、俺とルシルは大穴の空いた壁から外に出て行った。
駆けるように村を抜け街道をひた走る。
「ゼロ~、宿に泊まり損ねたよ~」
「悪いなルシル。今日は夜通し駆けるぞ」
「え~」
そういうルシルの声はもう既に元気の欠片も残っていなかった。