同じだけれど違うもの
ユキネはナプキンで口を拭うと周りの血がなくなった。
唇をなめる仕草がなまめかしい。
「ごめんなさいね、こんな姿を見せるつもりはなかったのだけど……会議が長くなっちゃったもので。お腹が空いてしまったのよ」
「まさか人を……食べたりはしないよな」
「えっとね……」
ユキネが俺に顔を近付ける。
胸が俺に押しつけられた。柔らかさと血の匂いに頭がクラクラしそうになる。
「そりゃあ食べたいよ。噛みつきたいけどさ、そこは我慢のしどころっていう奴だよ」
耳元でささやくようにとんでもない事を言い出す。
「だけどそれをやったら町が崩壊しちゃうからね。そのための牧畜なのよ」
ユキネが一歩離れるといたずらっ子のような笑みを見せる。
「理性が……あるのか」
「ええ。こうして会話もできているでしょう?」
自我を持ち続けているゾンビ、とでも言うのか。
「私たちは喰らう者。その辺の知能の無いゾンビとは違って意識も智恵も持った不死者なの。そしてここは不死者の町、エイブモズ。町の外にいるのは錬金術の実験体として造られた存在。私たちは自分たちの魂を自分たちの身体に憑依させた者。噛まれて変成する前に噛みつき返したゾンビを超えるゾンビなのよ」
俺はきっと驚きのあまりかなり間抜けな顔をしていただろう。
「もしかしてこの町の住人は……」
「ほとんどが私と同じ喰らう者よ。でもね、普通の人間も共生しているわ。人を襲わないよう自制できるから喰らう者も人も一緒の町にいられるの」
「喰らう者というのも一つの個性という事なのかしら」
流石はルシル、理解が早い。俺もなんとなくそうじゃないかと思っていたんだ。
「そうね、手先が器用な人や計算が速い人とかと同じように、生き物に生きたまま噛みつきたいというという個性だと思ってくれたらありがたいわ」
「お、恐ろしいな。その噛みつきたくなる個性は出さないでいてもらいたい」
「ふふっ、努力するわ」
ユキネが俺の頬をなでる。ユキネの赤い唇が近い。
「こら離れなさいよ、この色ボケゾンビ!」
ルシルが俺とユキネの間に割って入る。
「ゾンビは生命エネルギーや魔力を求めて近寄ってくるのはよく判ったわ。だとしたらその生命エネルギーを人為的に造り出せる錬金術もあるのかしら、ねえおっぱいの大きい錬金術師さん」
ルシルの表現もあからさまだが、俺たちの聴きたい事はまさにそれだ。
「多分あいつの事ね。私たちにはできないけど、あいつなら無から生を造り出す事ができるかもしれない」
「それがピカトリス、かつての俺の仲間か」
「ええ。人革の魔導書を持つ裸の錬金術師よ」
「なら教えろ、ピカトリスはどこにいるんだ」
ユキネの瞳が一瞬復讐の炎のきらめきにも似た光を宿したかに見えた。
「この町を、私たちをこのような身体にした男よ。あんな奴の事なんか思い出したくもないし居場所も知りたくはないのよ。でもね……」
ユキネが自分の指を額に当てる。
「感じたくなくても判ってしまうのよ。どこにいるかってね」
【後書きコーナー】
ネーミングの話を少し。
この町、エイブモズって、eibmozがスペルなのです。
逆さまにすると……zombie、そう、ゾンビになるのですね。
物語の中で、こういった言葉遊びをしていたりします。